わたしの本箱

コメント集(23)

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  1. 前ページ
  2. 服従
  3. 植物はなぜ動かないのか
  4. 国家とハイエナ
  5. アルゴリズム革命の衝撃
  6. 幼児化する日本社会
  7. クオレ
  8. 砂の女

服従 Soumission * Michel Houellebecq * 大塚 桃・訳 * 河出書房新社 * 2017/01/20

ソルボンヌ大学の若き教授、フランソワはデカダン作家と言われる、 Huysmans の研究家。パリに住み、女子学生たちを恋人に、独身生活を享受してきたが、2022年(つまり2017年の次の選挙)に大統領選挙が行われて、彼の生活はひっくり返る。

それは、イスラム同胞グループが、正弐の中に入り込んできて、ついにフランスにイスラム教徒の大統領が誕生したのだ。彼は即座に首にされるが、退職金や年金はたっぷりもらえた。

しかし恋人はイスラエルに去り、正弐に揺れる首都から地方都市を回るうち、学部の上司にあたる人に出会い、イスラム教に基づく新しい教育体制を聞かされる。そして、優秀なフランソワは再び大学に戻るようにと頼まれるのだった。

パリに戻ったフランソワは Huysmans ゆかりの修道院を訪れたり、大学のパーティに招かれたりして、次第にイスラム教に対する理解を深め、ついには大学に復帰する決心をする。新学期にはイスラム教のベールをかぶった女子学生を迎えることになるはずだ。

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植物はなぜ動かないのか * 稲垣栄洋 * ちくまプリマー新書 * 2017/01/26

植物は動物と違って地味な存在ながら、その生活誌には驚くべきものがある。自らがある場所に根を張って、動けないから環境の中で強く生きるためには自らを変えなければならない。

しかも植物は動物に食べられる存在だから、食べられないような戦略を立てたり、逆にどんどん果実や蜜を利用してもらって相手と利益を共有するという戦略も可能である。

そして、植物間の激しい生存競争は動物の場合と同じで、自分に最適なニッチを見つけて競争を避け、その代わり過酷な環境と戦ったり、環境変化に巧みに適応していったりする能力をフルに総動員して生き続けていく。

人間の育てている人間の育てている野菜や穀物は、手厚い保護のもとに生きているので、そのような能力をすっかり失っているが、野生の植物は常に高度な潜在能力を秘めている。それは雑草も例外ではない。意外にも雑草は植物の中でも特に進化を遂げた種類らしい。

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国家とハイエナ * 黒木亮 * 幻冬舎 * 2017/02/02

グローバリゼーションと英米式の新自由主義経済の生み出したものとして、重債務国を食い物にする投資ファンドの存在がある。重債務国は、たいてい、そこの権力者が汚職やわいろを通じて私腹を肥やし、一方では国民は飢餓直前の直前に置かれている。

権力者が去ると、後に途方もない債務が残されるが、それは国際間の取引を通じで、二束三文で買いたたかれ、それをハイエナたちが買い求める。そして直接に債券を引き受けたわけではないこれらのファンドが、情報網と裁判を通じて重債務国のわずかに残った財産を片っ端から差し押えにかかる。

この行為は、新たに法律が定められるまでは違法ではない。堂々とこのような貧しい国々から金を巻き上げ、最初の投資の10倍以上のリターンを誇る。この本は、ある投資ファンドを中心に、小説風な構成でペルーからアルゼンチンに至るいくつかの国が彼らによって干しあげられる様を見事に描いている。

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アルゴリズム革命の衝撃 * 櫛田健児 * 朝日新聞出版 * 2017/02/09

タイトルの前には「シリコンバレー発」が添えてあり、シリコンバレーで今起こっていること、すなわちチャンスがあれば、自らのアイディアを試したい起業家グループと、何とかして発展する会社を育てたい投資家たちのエネルギー噴出が描かれている。

そして、それが今までのシリコンバレーと異なることは、IAを中心とするアルゴリズム革命、つまり「究極の自動化」が実際に進み始めたことだ。これは今までのIT革命がのんびりしたものに見えるほど、急激に加速化している。

でもこの現象は一夜にして現れたものではない。シリコンバレーで、スタンフォード大学を中心に育ってきた企業育成の環境が、地球の他の地域ではまねのできない形で実現できたからだ。

日本も手をこまねいているわけにはいかないが、人材交流や意思決定の迅速さで後れをとる日本の大企業は、ただシリコンバレーをまねすることを考えるのでなく、いかにうまく提携して実際のプロダクツを生み出していくかを考えるのが賢明だろう。

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幼児化する日本社会 * 榊原英資 * 東洋経済 * 2017/02/19

物事を多元的に判断せず、黒か白かの一方的な判断だけで物事を決めつけてしまう風潮は、テレビの普及によって始まったと言えるが、それに加えて、ITの発達により一層拍車がかかった。それらを筆者は”幼児化”と呼ぶ。

世界の現象は複雑に入り込んでおり、それを一刀両断に理解しようというのは、精神の怠惰の表れである。安易な結論を急ぐあまり、人々は、マスメディアの意見をうのみにし、自分の考えを持たないまま、権力者によって繰られることになる。

これは、グローバリズムと拝金主義が蔓延する現代社会において一層顕著になった。それが大衆に媚びるポピュリズムとなり、行き先の見えない、視野の狭い社会思潮が出てくることになった。それが、政治、経済、教育のすべての分野に浸透してきている。

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クオレ Cuore * De Amicis * 前田晁訳 * 岩波少年文庫 * 2017/03/10

エンリーコはトリノ市に住む小学4年生で、新学期の10月から翌年の7月までの学校生活を日記風につづる。担任の先生、級友たち、それも仲がいいのや意地悪なのや様々な人間に囲まれて毎日を過ごしていく。

統一を達成したばかりのイタリアにまつわる話も登場する。大変愛国的な内容が出てくるが、決して右翼的な文章ではない。周りの列強をはねのけて、それまでばらばらだった国家を作ったという気概にあふれている。

両親との手紙でのやり取りもあり、両親はエンリーコにいろいろな経験をさせるためか、病院やろうあ学校などにも連れていく。おぼれた人を助けたり、馬車にひかれそうになった子供を助けた少年の話も出てくる。

さらに、学校生活だけでなく、先生が月に一回してくれる短いお話も収録されている。19世紀のこの時期はまだ若くして亡くなる人も少なくなかった。級友の母の死や教師の死などがエンリーコの周りで起こる。

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砂の女 The Woman in the Dunes 2017/03/18

ある教師が、昆虫採集のため砂丘付近を歩いているときに、穴に落ち込んだ。穴の底には民家があり、女がいた。絶え間なく飛んでくる砂のために、この部落の海岸に面したところは、たまった砂をどんどん運び出さなければならない。

彼はここに監禁され、脱走を試み、絶望的な状況に陥る。だが、前から住んでいた女はこの状況に適応し、別に外に逃げ出したいとも思わず、せっせと毎日砂掻きとその他の家事に従事している。外から見れば異常な世界も、ここでは日常なのだ。

脱走に失敗した後、男もいつの間にか砂堀りの生活に適応し、新たな慰みも得て、別に今急いで自由ににならなくてもいいというような心境になる。自分がそれまでいた”現代社会”も砂の穴と大して違わないことに気づいたのだ。

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来月更新に続く

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© 西田茂博 NISHIDA shigehiro

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