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服従 Soumission * Michel Houellebecq * 大塚 桃・訳 * 河出書房新社 * 2017/01/20 ソルボンヌ大学の若き教授、フランソワはデカダン作家と言われる、 Huysmans の研究家。パリに住み、女子学生たちを恋人に、独身生活を享受してきたが、2022年(つまり2017年の次の選挙)に大統領選挙が行われて、彼の生活はひっくり返る。 それは、イスラム同胞グループが、正弐の中に入り込んできて、ついにフランスにイスラム教徒の大統領が誕生したのだ。彼は即座に首にされるが、退職金や年金はたっぷりもらえた。 しかし恋人はイスラエルに去り、正弐に揺れる首都から地方都市を回るうち、学部の上司にあたる人に出会い、イスラム教に基づく新しい教育体制を聞かされる。そして、優秀なフランソワは再び大学に戻るようにと頼まれるのだった。 パリに戻ったフランソワは Huysmans ゆかりの修道院を訪れたり、大学のパーティに招かれたりして、次第にイスラム教に対する理解を深め、ついには大学に復帰する決心をする。新学期にはイスラム教のベールをかぶった女子学生を迎えることになるはずだ。 植物はなぜ動かないのか * 稲垣栄洋 * ちくまプリマー新書 * 2017/01/26 植物は動物と違って地味な存在ながら、その生活誌には驚くべきものがある。自らがある場所に根を張って、動けないから環境の中で強く生きるためには自らを変えなければならない。 しかも植物は動物に食べられる存在だから、食べられないような戦略を立てたり、逆にどんどん果実や蜜を利用してもらって相手と利益を共有するという戦略も可能である。 そして、植物間の激しい生存競争は動物の場合と同じで、自分に最適なニッチを見つけて競争を避け、その代わり過酷な環境と戦ったり、環境変化に巧みに適応していったりする能力をフルに総動員して生き続けていく。 人間の育てている人間の育てている野菜や穀物は、手厚い保護のもとに生きているので、そのような能力をすっかり失っているが、野生の植物は常に高度な潜在能力を秘めている。それは雑草も例外ではない。意外にも雑草は植物の中でも特に進化を遂げた種類らしい。 国家とハイエナ * 黒木亮 * 幻冬舎 * 2017/02/02 グローバリゼーションと英米式の新自由主義経済の生み出したものとして、重債務国を食い物にする投資ファンドの存在がある。重債務国は、たいてい、そこの権力者が汚職やわいろを通じて私腹を肥やし、一方では国民は飢餓直前の直前に置かれている。 権力者が去ると、後に途方もない債務が残されるが、それは国際間の取引を通じで、二束三文で買いたたかれ、それをハイエナたちが買い求める。そして直接に債券を引き受けたわけではないこれらのファンドが、情報網と裁判を通じて重債務国のわずかに残った財産を片っ端から差し押えにかかる。 この行為は、新たに法律が定められるまでは違法ではない。堂々とこのような貧しい国々から金を巻き上げ、最初の投資の10倍以上のリターンを誇る。この本は、ある投資ファンドを中心に、小説風な構成でペルーからアルゼンチンに至るいくつかの国が彼らによって干しあげられる様を見事に描いている。 アルゴリズム革命の衝撃 * 櫛田健児 * 朝日新聞出版 * 2017/02/09 タイトルの前には「シリコンバレー発」が添えてあり、シリコンバレーで今起こっていること、すなわちチャンスがあれば、自らのアイディアを試したい起業家グループと、何とかして発展する会社を育てたい投資家たちのエネルギー噴出が描かれている。 そして、それが今までのシリコンバレーと異なることは、IAを中心とするアルゴリズム革命、つまり「究極の自動化」が実際に進み始めたことだ。これは今までのIT革命がのんびりしたものに見えるほど、急激に加速化している。 でもこの現象は一夜にして現れたものではない。シリコンバレーで、スタンフォード大学を中心に育ってきた企業育成の環境が、地球の他の地域ではまねのできない形で実現できたからだ。 日本も手をこまねいているわけにはいかないが、人材交流や意思決定の迅速さで後れをとる日本の大企業は、ただシリコンバレーをまねすることを考えるのでなく、いかにうまく提携して実際のプロダクツを生み出していくかを考えるのが賢明だろう。 幼児化する日本社会 * 榊原英資 * 東洋経済 * 2017/02/19 物事を多元的に判断せず、黒か白かの一方的な判断だけで物事を決めつけてしまう風潮は、テレビの普及によって始まったと言えるが、それに加えて、ITの発達により一層拍車がかかった。それらを筆者は”幼児化”と呼ぶ。 世界の現象は複雑に入り込んでおり、それを一刀両断に理解しようというのは、精神の怠惰の表れである。安易な結論を急ぐあまり、人々は、マスメディアの意見をうのみにし、自分の考えを持たないまま、権力者によって繰られることになる。 これは、グローバリズムと拝金主義が蔓延する現代社会において一層顕著になった。それが大衆に媚びるポピュリズムとなり、行き先の見えない、視野の狭い社会思潮が出てくることになった。それが、政治、経済、教育のすべての分野に浸透してきている。 クオレ Cuore * De Amicis * 前田晁訳 * 岩波少年文庫 * 2017/03/10 エンリーコはトリノ市に住む小学4年生で、新学期の10月から翌年の7月までの学校生活を日記風につづる。担任の先生、級友たち、それも仲がいいのや意地悪なのや様々な人間に囲まれて毎日を過ごしていく。 統一を達成したばかりのイタリアにまつわる話も登場する。大変愛国的な内容が出てくるが、決して右翼的な文章ではない。周りの列強をはねのけて、それまでばらばらだった国家を作ったという気概にあふれている。 両親との手紙でのやり取りもあり、両親はエンリーコにいろいろな経験をさせるためか、病院やろうあ学校などにも連れていく。おぼれた人を助けたり、馬車にひかれそうになった子供を助けた少年の話も出てくる。 さらに、学校生活だけでなく、先生が月に一回してくれる短いお話も収録されている。19世紀のこの時期はまだ若くして亡くなる人も少なくなかった。級友の母の死や教師の死などがエンリーコの周りで起こる。 砂の女 The Woman in the Dunes 2017/03/18 ある教師が、昆虫採集のため砂丘付近を歩いているときに、穴に落ち込んだ。穴の底には民家があり、女がいた。絶え間なく飛んでくる砂のために、この部落の海岸に面したところは、たまった砂をどんどん運び出さなければならない。 彼はここに監禁され、脱走を試み、絶望的な状況に陥る。だが、前から住んでいた女はこの状況に適応し、別に外に逃げ出したいとも思わず、せっせと毎日砂掻きとその他の家事に従事している。外から見れば異常な世界も、ここでは日常なのだ。 脱走に失敗した後、男もいつの間にか砂堀りの生活に適応し、新たな慰みも得て、別に今急いで自由ににならなくてもいいというような心境になる。自分がそれまでいた”現代社会”も砂の穴と大して違わないことに気づいたのだ。 アメリカ歴代大統領の通信簿 * 八幡和郎・他 * 祥伝社黄金文庫 * 2017/04/04 アメリカ大統領の、それも第1次世界大戦以後の世界への影響力は、非常に大きい。にもかかわらずこれまで一人一人の業績や失敗について、詳しく接する機会がなかった人が多いだろう。 アメリカの歴史を、社会史、経済史、階級史から眺めることは多くても、大統領個人の立場に絞ってそれぞれの時代を考えるのも、新しい視点で面白い。 トランプ大統領が就任して間もなく、この大統領がこれから何をしようとしているか、希望や不安の入り混じる中、アメリカ大統領の職がこれまでどうだったのかをおさらいすることは大変意義のあることだ。 しかもこの本にはAからEまでの(著者による)評価もついていて、彼らの持っていた能力のみならず、その時代との適合性なども考え併せて、これまでたどってきた歴史の流れを検討することができる。 漂流するトルコ(続「トルコのもう一つの顔」) * 小島剛一 * 旅行人 * 2017/04/25 著者はストラスブール在住の言語学者。日本にいたのでは旅行をする時間や、自由な研究ができないことから、フランスに住むことに決めた。そして専攻はトルコの国内における少数民族の諸言語である。 だが、トルコという国は、オスマン帝国が解体した後にできたいくつかの国の一つで、国内には帝国時代にまじりあって暮らしていた諸民族が多種類存在するのに、それを認めようとせず、トルコ語以外を使用すると投獄されるようなところだった。 著者は、その研究のために、トルコ国内の町や村を訪ね、語彙を収集したり用法を確認するために、多くの現地の人々の協力を仰いだ。だが、政治や経済にかかわりを持たない地道な研究であったにもかかわらず、官憲からにらまれるようになる。 前著「トルコのもう一つの顔」で、一回目の国外追放処分を受け、この本では2回目の、そしておそらく最後の国外追放をされるまでの、フランスとトルコの間の行き来、トルコ国内での知人友人との接触を描いたものである。 2010年の出版なので、2017年現在の激動するトルコは、述べられていないが、すぐれた文化遺産や自然遺産のほかに、検閲、拷問、拘束が日常茶飯事であるこの国のもう一つの顔を知るのに必要な本である。 トルコのもう一つの顔 * 小島剛一 * 中公新書1009(Amazon Kindle) * 2017/04/30 「漂流するトルコ」の前編である。こちらはフランスのストラスブールに住み着いて、トルコの事情を研究するうち、トルコ各地の少数民族の話す言語を研究し、その分野において、たいへん詳しくなった経緯が描かれている。その年代は、1968年から1990年にかけての出来事だ。 その研究はスムーズにいったのではなく、トルコが”トルコ民族”以外の存在を認めない政治・社会体制のもとにあるものだから、政府や軍部に目をつけられ、各地に研究に出向くのにも、随行員をつけられるなど、およそ民主主義の国では考えられない扱いを受け、最後に(第1回目の)国外追放を受けることになる。 ここに描かれているのは、遺産や観光資源に恵まれた親日的なトルコなどではなく、およそ民主主義体制からはほど遠い、拷問と拘束が日常茶飯事に行われる国であることだ。そもそも世界中の国で、何らかの自由を享受できるのは全人口の2%ぐらいなのだろう。 正弐の自由がないのは当然としても、トルコでは純粋な学問的研究でさえも、正弐の色眼鏡をもって見られる。そしてなんといっても大きいのは、正確な情報を伝える教育の欠如だ。だから独裁者と軍部がかわるがわるこの国を支配しており、それは今日になっても(エルドアン大統領の例の通り)少しも変わっていない。 DNAでたどる日本人10万年の旅 * 崎谷満 * 昭和堂 * 2017/05/07 日本人がどこから来たのかについては、長い間結論が出なかったが、DNA分析のおかげで、かなりの部分がわかりかけてきた。現代日本人の遺伝子のパターンを調べてみると、今から10万年前にさかのぼり列島の北から南からそして西から、様々な地域から様々な年代に移住してきたらしい。 しかもそれぞれのグループが、他のグループによって抹殺されることなく、うまく吸収され、現在に至るまで国民の中に共存しているのだという。日本に渡ってきた最大の理由は、ユーラシア大陸での激しい生存競争に敗れ、あるいは追い出されて、ようやく気候が温暖で住みやすい土地を見つけたことだ。 今でいえば”難民”だったのかもしれないが、海があるおかげで、中央アジアの大草原にみられるような大規模な移動ではなく、さみだれ式に少しずつ渡ってきた可能性が高い。これはまた、日本語の起源をわかりにくくする原因にもなっている。 つまり、新しく来た人々によって古い言葉が新しい言葉に置き換えられたのではなく、最初の移民によってもたらされた言語が”大和言葉”として成立し(西九州?)、少しずつ入ってくる人々によって混合され、変容してきたのだともいえる。そのため日本語は、ほかにあまり近しい語族がない、つまり孤立語になったのかもしれない。 だから日本は、ある意味で東の端の”避難所”だったのかもしれない。大陸で一番”気の弱い”人々のたまり場になったのだ、という説を聞いたことがある。だから日本語の場合、否定語は文の後々まで取っておかれ、話し相手を怒らせないようにしているというのだ。あるいは敬語が発明され、ぼかした表現が好まれるというのだ。 人は「感情」から老化する * 和田秀樹 * 祥伝社新書 * 2017/06/02 高齢化社会だけに、このタイプの本は非常に多いが、普段から私は、人々が「しわの数」だの「血圧」だの「運動不足」だのが”老化”における最大の関心の的であることに疑問を抱いていた。このような肉体的な衰えだけが老化なのだろうか? 歯医者の待合室で見つけたこの本は、「肉体能力」「知的能力」の二つ以外に、「感情」の衰えに注目している。著者が精神医学の研究者であることで、隠れた、そして多くの人々が意識していない、重大な兆候を指摘してくれている。 「頑固おやじ」「感情がコントロールできない」「変化に対応できず保守的な考えに固執する」「夢中になるもの、感動するものが見当たらない」など、いわゆる精神の柔軟性の欠如に注目しているのだ。たいていの人々は、記憶の衰えを話題にするが、それよりも記憶するときの注意力や関心の衰えのほうが重大な問題をはらんでいるのだ。 人とサルの違いがわかる本 * 杉山幸丸 * オーム社 * 2017/06/08 これまで人間の自然の中での地位について、最も厄介な誤解は、人間が”万物の霊長”であり、神の次に偉大であるということだろう。それは現代の文明の基礎にもなっている考え方だ。だが、ほかの動物との比較研究は、それがまるで恣意的な主張にすぎないことを日々確実にしている。 その最たるものが、最も遺伝的に近い動物、つまり類人猿たちとの比較だ。その違いと共通点について、身体的にも知的にも感情面についても、綿密に調べ上げ、あらゆる角度から検討して、ようやく人間像が明らかになってきつつあるのではないだろうか。 この本によれば、人間とサルとの間の“溝”は、昔に比べてだんだん埋められてきており、根本的な違いと言えるものは次第に減ってきて、逆に“連続的な“違いと言えるものが次第に数を増してきているということだ。これは、今後人類がAIを扱うときにも大切な知見となっていくだろう。 オリバー・ストーンが語る日米史の真実 * オリバー・ストーン+ピーター・カズニック+乗松聡子 * 金曜日 * 2017/07/15 映画監督のオリバー・ストーン、歴史学者のピーター・カズニックの二人は、アメリカ現代史を見直し、それまでのアメリカ政府やメディアによって提示される歴史とは異なった側面を若い世代に伝える仕事をしている。 その二人が、カナダの運動家、乗松聡子とともに日本にやってきた。広島、長崎、東京、沖縄を訪れ、日本の戦後が、アメリカ政府の場合と同じくして、きちんと真実を伝えず、また戦争中の“加害者”としての責任を逃れてきたことを指摘する。 アメリカの原爆投下の理由、いつまでも沖縄を日本政府が置き去りにして、米軍基地の永続化をなし崩し的に続けている状態をこれから何とかしなければならないと主張する。大切なことは、“健忘症”である人類に、きちんと歴史教育を行い、それを若い世代に伝えていかないと、人間は獣と同じになってしまうということだ。 同性愛の謎 * 竹内久美子 * 文春新書844 * 2017/07/17 人間社会でも動物社会でも、常に一定の割合で存在する同性愛については、過去においては、そして現在でも遅れた地域では差別と偏見の対象になっているが、これをまじめに研究し、その姿を明らかにしようとする努力が、ようやく実現しようとしている。 胎児が、男の脳か女の脳に分かれて発育しているとき、遺伝的、外形的性別とは反対の性の方向に脳が形成されるときに、同性愛的傾向が生まれるらしい。兄がたくさんいる場合に男性の同性愛者が生じやすいのも、それらが遠い原因になっていると思われる。 また、いつの時代でも一定の割合の同性愛者が存在し、種の中から消えてなくなることがないのは、繁殖力の強さをつかさどる遺伝子と、同性愛的傾向をつかさどる遺伝子が同じ染色体の上に載っているからだという説が有力である。 指からわかる男の能力と病 * 竹内久美子 * 講談社+α新書 * 2017/07/23 左の人差し指と薬指との比を、「指比」という。大体指比が1を超えるときは女性的特性が顕著に出て、1を下回るとき、つまり薬指が長い場合には男性の特徴が顕著に出るのだという。 数多くの学者が、学力、健康度、運動能力など、を調査して統計的に指比との関連が深いことが次第に明らかになってきている。指比だけでは安易な予測はできないが、最も重要なことは、胎児のときに男性ホルモンを多量に浴びたか、女性ホルモンのほうが優勢だったかが影響しているらしいことだ。 胎児のときの脳や身体の形成の際に、これらのホルモンがのちのその人の人生の中で強い影響を及ぼしているらしいのだが、様々な人々が実験観察を重ねているから、将来的にはもっとはっきりしたことがわかるようになるのかもしれない。 そんなバカな!遺伝子と神について * 竹内久美子 * 文藝春秋 * 1992/12 2017/07/25(再) 1992/12 25年以上も前に出版され、そのとき読んだ本であるが、そのインパクトの大きさ、遺伝学の目覚ましい発達にもかかわらず、現代に至っても人類は少しも自分の本質を分かるようになっていないことから、再び読むことにした。この本のおかげで一般人の遺伝学への関心が高まったことは確かだ。 この本のメインテーマは、個々の生物のもとにはそれぞれの遺伝子があり、それが自分のコピーをあらゆる機会をとらえて増殖させたいという、“利己的”願いのために、“乗り物”である生物体をコントロールしているという Richard Dawkins らの新しい見方である。 生物は遺伝子という設計図、ミームという文化伝搬因子、そして生物を取り巻く一般的な環境によって形作られていく。この考え方は、批判はあっても2017年の時点でも誤りとされていないようだ。ただ、「利己的 selfish 」という言葉が、誤解を招きやすいのが問題だ。 風と波と潮と * 柏村勲 * 舵社・海洋文庫 * 2017/08/01 著者は広島県呉生まれの画家で、東京に住んでいるときヨットの魅力に取りつかれ、さらにブラントというアメリカ人とともに日本近海の航海にも出て、腕を磨いた。まだ、1950年代のことである。1960年、ブラントは奥さんとともにヨット大航海に出る計画を立てて、柏村氏もクルーとして参加することになった。 その詳細は「素晴らしいヨット旅行」にあるが、オランダからベルギー、フランスの運河を通ってヨーロッパを横断して、地中海を西に進み、ジブラルタルから大西洋に出て、バルバドスを経由したのち、北に転じて、合衆国北部の町、ニューポートまでたどり着いたのである。 堀江謙一氏の「太平洋一人ぼっち」もそうだが、当時はヨットによるいろいろな冒険が行われた。だが、現代日本人の「海離れ」にはもう手の施しようがなく、そのうちだれも知らないうちに記憶から彼らは消えてしまうのだろう。この本も図書館の「書庫」に奥深くしまわれていた。 バカの壁 * 養老孟司(タケシ) * 新潮社・新潮選書003 * 2017/08/04 この本は2003年にベストセラーになったものだ。15年の歳月が過ぎると、いささか古く見えてくる。一つには、その当時の主な事件を取り上げて持論を進めていくこともあろうが、コンピュータ技術やAIの発達が、この本で提起されている問題の解決を一層困難にしているように見えてならない。 人間は、だれでも自分の確信した、あるいは習慣的に出来上がった考えの中で暮らし、それ以外の考えを柔軟に取り入れることは極めて難しい。つまり自分の周りに「壁」を作り上げて、その先を見通すことは極めて困難なのである。 しかも現代社会が、ますます細分化され専門化されていくので、水平線の向こうを見通すような幅広さやスケールの大きさはどんどん失われてしまっている。このことはずっと昔から「専門バカ」という名前で、しばしば警告されていたものだが、全人類がそうなりつつあるのだと言ってもいい。 社会や知識はどんどんその変化を加速していくというのに、人間のものの考え方は、原始時代と変わらぬ旧態依然なので、適応することができなくなる、あるいは対処することが不可能になり、あきらめて自分の殻に閉じこもってしまうのだ。しかもそれに対する有効な解決策はもちろんのこと、突破口も見つからない。 大洋巡航物語 * 福永恭助 * 舟艇協会出版部版 * 2017/08/18 昭和35年8月発行。これは当時の日本のヨットマンのバイブルである。なぜならこの本には5人のヨットパーソン(女が一人含まれる)の航海記が、要約されて紹介されているからだ。最初のスローカム船長の世界一周を含めて、5人とも大西洋を東から西へと貿易風を利用して渡っている。 いずれも小型ヨットを用い、10メートル前後の全長しかない。しかしヨットというものは普通の人が考えるのと違って、極めて丈夫に、というよりは水に浮かぶピンポン玉に似て、中の人間がしっかりさえしていれば、また暗礁やサンゴ礁にぶつかったりしなければ、何とか大洋を渡ることができるのだ。 だが忘れてはいけないのは、GPSも優秀な装置もなかった戦前の技術のレベルで、それぞれが持ち前の器用さを生かし、中には船を自作さえてして計画を実行に移すという、人間精神のたくましさと適応力の強さだろう。何もかもが技術によって補完される今、このようの人間の持つ強靭さが試される機会が少ないのは実に残念だ。 さらに、著者が最初の章を使って述べているように、日本は周りを海に囲まれていながら、まったく「海洋国」ではないということで、ヨットはまったくの少数派に属するものなのだ。このことはこの本が出版された時も、2017年の現在も、これからもずっとそうだろう。この本もとっくの昔に絶版である。幸運にも古本で見つかったのだ。 コブのない駱駝 * きたやまおさむ * 岩波書店 * 2017/09/07 70歳を超えた北山修が、自分の一生を振り返ってその生き方を眺めた本。両親の生活の送り方から始まり、京都での少年時代、音楽に興味を持ったこと。加藤和彦との出会い、フォーククルセダーズのアマチュア時代と、そのあとの1年のプロの時代。 ここで、人生は大きな転換点を迎え、大学に復学して医者になる勉強を始める。そして人気歌手という、極めて特異な体験から生まれた“むなしさ”みたいなものをどう意味づけるかという疑問を持ち、そこから精神分析学への勉強を始めていく。ロンドン留学と、そのあとに九州大学の教員となったこと。 加藤和彦が自殺をした後、自分の生き方をまた見つめなおし、管理の強まった現代社会に気を留めつつ、「遊び」や、ゆとりの必要なことを身にしみて感じて、一方的に「あれかこれか」と決めつけるのではなく、「あれもこれも」「あれでもこれでも」というような”ゆるい”生き方がいいのではないかと思うこの頃である。 遺伝子が解くー愛と性の「なぜ」 * 竹内久美子 * 文藝春秋 * 2017/09/21 遺伝学を学んだ竹内久美子が、週刊誌上で愛と性に関する様々な質問に答える。その質問の中にはいまだに結論が出ていないものも多いが、いくつかな有力な説や相関に有意がありそうな調査などを紹介する。 話題となったものの中には、精神的な病、遺伝病、一夫多妻、性器の位置など、一般の人が疑問を感じてもそれを偏見なく、また結論が出ていない場合にはバランスをとって理解することが難しいものも含まれ、このような作家の存在が貴重である。 かつては大ベストセラーだった本も、すでに15年たち、その中身も新しくはなく、この本も図書館の書庫の中で眠っていたのを無理やり起こしてきたのだが、金儲け本位のコマーシャルや噂にすぐ乗ってしまう人が多い今、この種の本はもっとあってもいい。 本当は怖い動物の子育て * 竹内久美子 * 新潮新書512 * 2017/09/30 現代社会では、子殺しや子どもの虐待が増えている。だが、それらを人間中心の倫理や社会風習に照らしてだけ判断していいのだろうか。いったいどうしてこのようなことが起こるのかそれを動物行動学の観点から見ている。それによって問題を見る視野を広げてくれる本である。 サルの類では、子殺しが起きているが、その理由を探ってみると、食料が足りなくて全員を育てる余裕がないので、最も多く育っている個体を残してあとは殺してしまい、のちの繁殖のチャンスに備えるというような、自然の掟が強く支配しているのがわかる。 また、未開民族における間引き、堕胎などもそれと同じような理由で行われているようだ。いずれも厳しい自然の下で、食料が足りない状況や、ストレスが大きくて子供を育てることができない環境を切り抜けるためにやむを得ず行われている。 「バカの壁」にもあったように、現代人は原始人と同じく、狭い自分だけの“確信した“空間でのみ生きることに慣れてしまっているので、子殺しのニュースを聞いても残念ながら、直ちに「世間の物差し」を取り出して、そこで自ら正しく判定したような気がして、思考停止となる。このような人々ばかりだと、社会の進歩はもちろん、前向きに解決策を講じることさえできないのは残念だ。 あなたに褒められたくて * 高倉健 * 集英社文庫 * 2017/10/15 俳優業をやっていると、一般の人には考えられないような様々な人々や場所、体験をすることになる。その中で特に自分の人生の中でいつまでも残っているような事柄を、書き留めておくと素晴らしいエッセーになる。 吉永小百合も「街ものがたり」という本の中で、自分の生き方から見た、様々な事柄を興味深く扱っている。特にロケによって日本各地へ出かけたり、海外に出かけたりするとき、貴重な体験を積むことになる。ただ、それを自然体で語れるのがいい。 変に格好をつけることなく、思ったままを書き綴ることは、周りの人々の衆目の的である人にとってはなかなか難しいことである。この本のタイトルにある、「あなた」とは誰かといえば、それは自分の母親だった。 BC!な話 あなたの知らない精子競争 * 竹内久美子 * 新潮社 * 2017/10/19 BCとは biologically correct (生物学的に正しい)の略。社会的通念や倫理などからは一歩退いて、純粋に生物学の観点から、自然がどうしてそのような事象を生み出すかに至ったかを客観的に考察する立場を指す。 テーマは「精子競争」である。つまり、卵子に到達するために向かっている精子のうち、最も進化的に優れたものが勝ち残るための競争のことである。その観点から浮気、売春、レイプ、同性愛、女性の瘦せ願望、などに焦点を当て、内外の論文から集めた興味深い主張を紹介しながら、自然界の謎に迫る。 とはいうものの、これらの研究はまだ始まったばかりであり、類人猿や、さらにその前の段階の動物の生態にも目を向けて、人類が現代に至って行っている、多種多様な性行動についての謎の手がかりをつかもうとする試みである。 百円の男 ダイソー矢野博丈 * 大下英治 * さくら舎 * 2017/11/11 「安物買いの銭失い」という言葉がある。とかく安いものは質が悪く、すぐダメになるという諫めの言葉だが、その一般的通念を自らの企業努力を通じて破壊した男がいた。そしてそれは先進国に蔓延する「金さえ出せば何でも手に入る」という風潮を打破するものでもある。 日本の消費者は、あまり疑うことなく、あるいはお人よしにも、高く吊り上げられた値段を受け入れて支払いをしてきた。大切でしっかりしたものに対しては高額なお金を費やすのは結構なことだが、一方でエコとシンプルに徹し、ぎりぎりまで商品開発を推し進めた100円で買える品物があるなら、それを使いこなすことも必要だ。 この二つの消費志向をバランスよく日常生活の中で生かすことができるようになったのは、ダイソーのおかげだろう。この本は一人のビジネスで成功した人の物語であるが、それだけでなく賢い消費者になるための「選択肢」を増やしてくれたという点で、大変重要である。 世界の海洋に挑む * 石原慎太郎・監修 * 文藝春秋 * 2017/11/26 「ヤワイヤ号の冒険 * 大浦範行・河村章人」 京都を起点に学生や職業人たちが、ヨットを自作して、日本一周を目指す。航海のことは何もわからない素人だったが、次第に経験を積み、ついに成し遂げる。 「カイミロア * Eric de Bisschop p.84」 南太平洋を、ハワイを起点に西に進み、フランスまで航海する。使った船は古代ポリネシア人たちが、海を渡るときに用いた双胴ヨット。 「実験漂流記 * Alain Bombard p.189」 フランス人の医師が、海難で亡くなる人を減らすため、自らゴムボートに乗り、魚のジュースで水分をとり、魚を食 べて生き延びながら大西洋を漂流する実験を行う。 「たった二人の大西洋 * Ben Carlin p.297」 世界大戦後、廃品になった水陸両用ジープを手に入れ、自分でエンジンからガソリンタンクまで自作・改造・設計して、何度も失敗した挙句、カナダから、妻とともにラスパルマスへに到達し、さらに西へ向かう。 「沈黙の世界 * Jacques Y. Cousteau p.406」 アクアラングの発明者。海に潜ることが自由になったことが、あらゆる分野の研究のすそ野を広げ、自ら深海や洞穴やサメのうようよする海に潜り、科学者としての貴重な記録を残す。 この5つの話は、GPSをはじめとして現在では当たり前になっているテクノロジーは何もなく、すべて自らの工夫と発明によって、海洋に乗り出すことのできた、実に幸運な時代にあった人々の記録である。困難とぶつかったときに、それを巨大システムに頼るのではなく、自分たちだけで解決するという極めて貴重な体験ができた人々の物語である。 やってはいけない脳の習慣 * 川島隆太・監修 横田晋務・著 * 青春出版社 青春新書 Intelligence PI-491 * 2017/11/30 成長期の人間の脳に、外部からの働きかけはどのような影響を与えるか。それは一日も早い結論が待たれていたが、脳科学の発達により、脳の成長の度合いや、変形、発達の促進遅れが次第に明確な形で分かるようになってきた。これはかつての心理学による思考のみによる問題解決よりずっと具体的な形でとらえることが可能になったと言っていい。 脳科学者が、一つの都市の子供たちを一定の条件と機関のもとに綿密な調査を行い、多くの親が気になっていたこと、つまりスマホ、ゲームは悪影響を及ぼすのか、睡眠時間の量はどの程度がいいのか、やる気があるのかないのかは脳にどのように表れているのか、などがかなりわかってきた。 その結論は、確かに常識の範囲内で、驚くべきことは特にないが、親がきちんと子供の育つ環境、つまり食生活、精神生活、家庭内でのコミュニケーションなどをきちんと整えようという気構えがないと、子供たちの生活と脳の質的低下を防ぐことはできないということが一層はっきりした。ただ、まじめな研究ながら、いくらスマホの害を唱えても、業界の金儲け主義の大合唱の前には、風前の灯火であろう。喫煙全盛期にたばこの害を唱えた時より敗色が濃い。 ※フランスの小中学校ではすでにスマホは禁止されているが、2018年の9月からは正式に使えなくなる。➡記 事 千鶴子には見えていた! * 竹内久美子 * 文藝春秋 * 2017/12/22 「遺伝子が解く!愛と性のなぜ」(2003年)と同じく、読者の質問に対する答えをそれぞれ、2,3ページにわたって書いたもの。<千鶴子・・・>についての話は、「透視は、あっても不思議はない」というタイトルで、千鶴子という実在の女性の透視能力を、きちんと観察した学者がいたにもかかわらず、世間の狭いものの見方やら、学者たちの保身のせいやらで、まじめな研究は続行されることなく、仕舞目には埋もれてしまったという話。 この本には動植物をテーマとする話が多い。なぜアリは黒いのに、真夏に熱中症にならないのか、とか植物が周りの生物の感情を理解しているのか、とかウサギは牛のような反芻ができない代わりに、自分の出したウンコをもう一度食べ、吸収し損ねたビタミンなどを改めて吸収する、といった話も含まれている。 © 西田茂博 NISHIDA shigehiro |