わたしの本箱

コメント集(25)

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  1. 前ページ
  2. ふらんす民話大観
  3. チェーホフ短篇集
  4. 江戸小咄大観
  5. 巡:百年文庫54
  6. 百日紅(上・下)
  7. 科学革命と人類の行く末
  8. 西洋風流故事物語
  9. パリの詐欺師たち
  10. ユニオンジャックの矢
  11. 大中華圏
  12. 現代官僚論
  13. 中東エネルギー地政学
  14. 森卓77言
  15. 萌え経済学
  16. 絶滅の人類史
  17. 僕は散歩と雑学が好き
  18. ゾウの時間ネズミの時間
  19. 朝:百年文庫100
  20. 道:百年文庫99
  21. 雲:百年文庫98
  22. 惜:百年文庫97
  23. 国家・企業・通貨
  24. 習近平の敗北
  25. センチメンタルジャーニー
  26. 破 戒
  27. 終戦直後(上下)
  28. 「新富裕層」が日本を滅ぼす
  29. 桜の園
  30. ビートルズのビジネス戦略
  31. ナチスの発明
  32. AIに勝てるのは哲学だけだ
  33. 戦前の日本
  34. 庶民は知らないデフレの真実
  35. 生活保護の謎
  36. 純:百年文庫96
  37. 旅はときどき奇妙な匂いがする
  38. 架:百年文庫95
  39. トリック
  40. 三人姉妹
  41. 次ページ

ふらんす民話大観 * 田辺貞之助 * 青蛙房(セイアボウ) * 昭和45年発行 * 2019/09/24

フランスの民話を集めた。それぞれの話の長さは2,3ページほど。「眠れる森の美女」「美女と野獣」「赤ずきん」の3つも含まれているが、ペローやグリムなどほかのバージョンとは内容が微妙に違う。この本はもはや図書館の一般書架ではなく、書庫の中に眠っていた。

全体的にパリ中心の話ではなく、田舎の農村地帯が舞台であり、カトリック信仰が背景となり、仙女、悪魔が登場し、その大部分がハッピーエンドであるが、安易な終わり方ではなく、主人公が、何かを成し遂げたことが常に強調されるようだ。

田舎が舞台だけに、自然描写が美しい。平原や深い森、その中に潜む城がよく出てくる。兄弟が登場すると、長男が利口で、末っ子が愚鈍であるパターンが多いが、話の最後は末っ子が幸運をつかんだり成功したりする。全体的に世渡りのうまい者より、純真素朴な者が最後に良い結果を得る。

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チェーホフ短篇集 * チェーホフ * 沼野充義:訳 * 集英社 * 2019/09/29

  1. かわいい(=かわいい女):愛くるしい女オリガが、遊園地の興行師と結婚して幸福な生活を始めようとするが夫は急死し、2回目の結婚では材木商と結婚するが、これまた急死してしまう。次に現れた恋人は獣医だったが、シベリアに転勤し、戻ってきたときには妻と息子を伴っていた。オリガは、もういい年で昔のような器量は衰えていたので、今度はまだ中学生になったばかりのその息子の世話に熱中した。
  2. ジーノチカ:ある男が、幼年期のとき自分の家庭教師をしていた若い娘ジーノチカと自分の兄がキスをしているところを目撃してしまう。これを二人にぶちまけたどころか、厳しい自分の母親にも告げ口をしたために、ジーノチカから、一生恨まれる羽目になる。
  3. いたずら:まだ若いとき、ぼくは怖がるナッちゃんを無理にそりに載せて滑っている最中に、戯れに「好きだよ」とささやいた。これを何度も繰り返したために彼女の娘心は乱れに乱れたのだった。
  4. 中二階のある家:画家である私は、毎日無為の生活を楽しんでいたが、ある若い姉妹と知り合いになり、その家に入り浸るようになった。姉は熱烈な社会運動家であり、私とはまるでウマが合わなかった。一方妹のほうに私は好意を抱いたが、姉の命令により転居してしまい二度と会えぬ運命となった。
  5. おおきなかぶ:何人がかりで引っ張っても抜けない株がようやく抜けた。かぶはバカ息子、それを出世させるための周りの苦労を寓話化したものか。
  6. ワーニカ:少年ワーニカは都会に奉公に出されひどい生活を送っている。田舎のおじいちゃんに手紙を書いたのだが、投函しても届くはずがない。
  7. 牡蠣:父子で物乞いをしているとき、気まぐれな大金持ちがその子供に居酒屋の高価な牡蠣を食べさせたというハプニング。
  8. おでこの白い犬:飢えた牝オオカミが、どこかの納屋に入ると、馬鹿な子犬がついてきた。子犬は狼の狩りの邪魔をしてしかたがない。
  9. 役人の死:気弱な役人がうっかり、劇場の前列に座っていた幹部の頭に、くしゃみのつばをかけてしまった。後を恐れた役人はその幹部の家まで押しかけて謝罪しようとするが、追い払われてしまい、ついに急死する。
  10. せつない:妻に先立たれたばかりの馬曳橇(ソリ)の馭者は悲しくてやりきれない。誰かに話したいが、だれも聞いてくれず、ついには馬に向かって話し始める。
  11. ねむい:田舎で父親に死なれた幼い女の子がモスクワで奉公に出され、連日こき使われて眠くて仕方がない。眠ろうとしても子守をしている赤子が泣きわめく。それで彼女は…
  12. ロスチャイルドのバイオリン:棺桶屋はヴァイオリンがうまかったが、妻に死なれ自分もまもなくこの世を去ると感じて、いままでの損得中心の生活を反省し、それまで軽蔑していたユダヤ人のロスチャイルドにバイオリンを遺す。
  13. 奥さんは子犬を連れて:保養地ヤルタで私は子犬を連れた奥さんと知り合った。次第に深入りしたが、ある日彼女は自分の家に帰っていった。それからというもの彼女が忘れられず、私は彼女の住む町で劇場で待ち伏せし、相思相愛であることを確認した。だが二人ともそれぞれ配偶者がおり、これからどうやって困難な恋を続けていくのだろう?

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江戸小咄大観 * 田辺貞之助 * 青蛙社 * 2019/10/19

フランス文学者、田辺貞之助が今度は江戸の話を収集して、一冊の本にまとめた。江戸時代の言葉を現代語に解釈しなおして紹介している。ただし当時面白いと思えたものも、現代では通じないものもあるということだ。

話の中で使われているものの中には、すでに死語になったものもある。初版が昭和35年であるので、当時ならだれでも理解てきた単語が21世紀になって若い世代にはもはや理解できなくなったものが多数あることを痛感させられる。

小咄であるから、フランスのそれと同じく、エロの精神に満ち溢れており、この種のことは時代や国境を越えてまさに人類共通のものであることがわかる。売春宿に関する話が多い。また、女のために身を持ち崩した男の話も多い。

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 * ノヴァーリス・ベッケル・ゴーチェ * 百年文庫54 * ポプラ社 * 2019/10/23

アトランティス物語 ノヴァーリス・高橋英夫訳:詩を愛する年老いた国王の娘が森にさまよって、ある若い男と出会う。彼女に恋焦がれる男は父親と計画を立て、1年間その娘と過ごし、子供を産んで国王のもとに再び現れる。(国王は今更、二人の結婚を認めないわけにはいかない)今は海に沈んだアトランティス大陸での話。

枯葉 ベッケル・高橋正武訳:風に吹き飛ばされた二枚のカレハガ、それまでの生活のことを語り合い、この世の命のはかなさを思い出すが、再び強い風が吹いて二枚はどこかに飛ばされる。

ポンペイ夜話 ゴーチェ・田辺貞之助訳:友人とともにフランスからナポリにやってきたオクタヴィアンはポンペイ遺跡で、美しい乳房の形を残し固まった溶岩を発見する。その乳房の持ち主の女のことが頭から離れず、彼は真夜中の遺跡をさまよう。そこは噴火前のポンペイの世界であり、彼はその求めていた女とも出会う。だが、彼女の厳格なキリスト教徒である父親によって、二人は愛し合うことは禁じられ、翌朝霊界から追放されたオクタヴィアンは友人たちに発見される。

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百日紅(上・下) * 杉浦日向子 * ちくま文庫 * 2019/10/27

かつて漫画家だった杉浦日向子は葛飾北斎を主人公とする一連の漫画を制作していた。これはそれを2巻にまとめたもの。北斎を中心に、娘のお栄、居候の英泉、後に有名になる国直が中心となる。

北斎については画家としての面より、変わった性格の持ち主として、あるいは全体のまとめ役としての姿が描かれている。

お栄を真ん中に置いたストーリーも多く、江戸の近所の人々との交流や、家事や泥棒などの事件、そして幽霊や化け物の話まで、のちの江戸研究家としての著者の調査がよく浮かび上がっている作品である。全30話。

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科学革命と人類の行く末 * 鴨井春夫 * 幻冬舎メディアコンサルティング * 2019/10/29

(1)我々が感覚の洞窟の中に生きているという比喩、(2)ビートルズの音楽が期せずしてニーチェの言っていたディオニュソス的音楽ではないかという観点(3)ニーチェの敏感な感性が、現代人類社会の崩壊をすでに予感していたこと、(4)ニーチェの言っていた「超人」が、これから人類の目の前に現れる「AI」に該当するのではないか、(5)そしてそのAIが人類の次の段階の進化に進むのではないかという予想が述べられている。

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西洋風流故事物語 * 田辺貞之助 * 河出書房新社 * 2019/11/10

相当に長い名前だが、風流とは主に男女の関係を示していること、故事とはかつての文学作品や歴史的事実や小咄をたどって、そのテーマにふさわしい部分を探し出して提示することで出来上がっている本である。

人生論や道徳論と言えば哲学者、思想家、著述家による抽象的なものが多いが、このように非常に多様な文学的エピソードから拾ってきても、そこに何か真実のようなものが浮かび上がってくる。それが下ネタであっても、人間の本性みたいなものが感じとれる。この本をまだ経験の浅い、十代のときに読んでおけばよかった。

315ページにわたる大量の話が入っており、2019年現在では図書館の書庫に入ってしまっているものの、表紙裏の図書カードのスタンプを見ると、大勢の読者がいたことがわかる。出典されているものから、これを一種の読書案内に使うのもいい。

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パリの詐欺師たち * 奥本大三郎 * 集英社 * 2019/11/15

「パリの詐欺師たち」: 奥山先生がひとり身になり、学校の休みを利用してパリに出かける。ホテルに滞在するよりアパートを借りたほうが経済的だと、自炊生活をはじめ、町の中の探検を始める。だが、日本人の知り合いにばったり出くわし、部屋を乗っ取られせっかく楽しみにしていたパリでの一人暮らしをめちゃめちゃにされてしまう。

「蛙恐怖症ラノフォビア」:奥山先生が同僚とともに台湾に向かう。台北から花蓮、高山地帯、台東、高雄と巡り歩く。最大の楽しみである色とりどりの昆虫を求めるだけでなく、かつての日本統治の名残を見せる場所を訪れたり、ビールと地元の料理を次々と試してみたりする。

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ユニオンジャックの矢 * 寺島実郎 * NHK出版 * 2019/12/10

イギリスは第二次世界大戦後、アメリカにその地位を譲り、すっかり落ちぶれてしまったと言われる。しかしかつての植民地の中には深いつながりを持っていて、イギリスが現在最も得意とする金融投資業の根本を支えている部分がある。

それはロンドン、ドバイ、ベンガルール、シンガポール、シドニーへとほぼ直線的につながる”矢”の形をした情報と資本の連携である。いずれの都市もその名も高い経済的巨大都市だが、それがいまだ衰えない影響力を世界中に与えているという。

となると、イギリスのEUからの離脱の理由として、ヨーロッパに属して金融面で規制をかけられるのを嫌う一方で、この矢による自由な経済活動を展開できるという自信があるからではないのか。

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大中華圏 * 寺島実郎 * NHK出版 * 2019/12/17

中国をとらえるときに、北京政府だけでなく、香港、シンガポール、そして台湾に住む中国人たち、つまり華僑の人々の持つ影響力と北京政府ととの相互の関係を新たに捉えるべきだと唱えている。

いずれの地域も経済的な力を増大させているが、それぞれが独自の志向を持ち、一致協力してことを進めようとしているわけでないが、北京政府が自分たちの大国化に伴い国内外の様々なトラブルを抱え込むようになると、この残りの地域との相互作用がどうしても必要になってきている。また華僑はこの地域にとどまらず全世界に広がってネットワークを作っていることも忘れてはいけない。

このような状況で、日本もこれまでのように日米協力で中国の脅威に対抗する、といったような旧態依然の冷戦時代の考えを改め、どこかに依存することなく、日中米のあいだの新たな関係を築くことを考えていかなければならない。

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現代官僚論 * 松本清張 * 松本清張全集31/文藝春秋 * 2020/01/04

官僚の特徴といえば、「保身」「権力への固執」「変化への抵抗」「固定された学閥」「中央集権志向」などがあげられるが、これを抽象的な論議ではなく、終戦直後から10年間ほどのあいだに起きた各省庁内(文部・農林・検察・通産・警察・内閣調査室)での出来事を、実に詳細な取材で構成している。扱う時代は異なるが、司馬遼太郎と同じく、的確な構成での歴史像である。

官僚同士の激しい勢力争いは、主に人事異動によって表面に出る。左遷、つまりどこかに飛ばされることによって敗者が誰であるかはっきりする。勝者はすぐに自分の部下たちを固めてしまい、邪魔者は存在を許されない。以前にひどい目にあわされた場合はその報復行為に出る。

これが書かれた時代の大立者は、戦後すぐからのGHQであった。サンフランシスコ条約が結ばれるまでは実質的に日本の完全支配者だったからだ。しかし特徴的なのは官僚を使った「間接支配」だったことである。そしてそのあと権力は政府にバトンタッチされたのだが、そこに官僚(戦前からの者も含む)が大きくかかわっていた。

日本はその後”一党独裁“と言ってもいいような実質的に保守勢力が巨大資本とつながり、そしてその間に官僚は政党の権力としっかり結びつきで安定し、現在に至っている。労働者による政権は瞬きのように短くはかないものにすぎなかった。

せっかくGHQによって教育委員会の公選、農地改革、労働組合関係の制度、独占禁止法などが用意されたのに、これらはすべて官僚支配のあいだに骨抜きにされた。地方分権の流れはせき止められ、明治時代以来の中央集権に逆戻りしてしまった。安倍政権による憲法改正はまさにその総仕上げにするつもりであろう。

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中東エネルギー地政学 * 寺島実郎 * 東洋経済新報社 * 2020/01/19

著者の寺島実郎が三井物産に入って間もないころ、イランで巨大なプラントを作る計画が持ち上がり、完成寸前まで行ったのだが、イラン革命がおこりそれがみなつぶれてしまったのが中東へのかかわりの発端であった。

商社が世界中に出ていく際には、地理歴史そして国際関係のバランスがきちんとわかっていないといけないことが痛感された会社ではそれ以降中東各国、アメリカなど様々な場所に出かけて、調査、面談、フィールドワークを蓄積した浅薄な思い付きや一面的な見方では到底やっていけないことがわかる。

そしてこの中東は、資源をどうしても依存しなければならない日本にとっては世界の中でのエネルギー事情から始まって、かつての植民大国の横暴、イスラム教の影響力、現代におけるアメリカの政策のまずさ、イラン、イスラエル、サウジアラビアを中心とする対立の構図を見極める必要を説いている。

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森卓77言 * 森永卓郎 * プレジデント社 * 2020/01/28

経済アナリストの森永卓郎が、77のテーマについて語った本。年金問題、国の借金問題、消費税の問題など、経済の観点から世間でもっともらしく言われ、多くの人々がそれが正しいと思い込んでいる事柄は多いが、よく見なおして見ると、普通の人があまりよく考えもせず世間に流布している、つまりメディアが流している情報をよく考えもせずに受け入れていることが実に多いことに驚かされる。

上記のような問題については人の数だけ意見があるのだから、安易にうのみにせず、また人の意見を取り入れているくせに、まるで自分が考え出したようなふりをせず、謙虚に物事の見方を広げていかなければならないことを思い知らされる。

この本で特にもっと調べなければならないのは、「格差」の問題である。また、知らず知らずのうちにお人よしの日本人が低給与に甘んじて、抗議活動もしない現実、一方では富裕層がその莫大な財産をタックスヘイブンに隠し持っている現実を忘れないようにしよう。

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萌え経済学 * 森永卓郎 * 講談社 * 2020/02/04

「萌え」というのは2005年ごろに日本に始まった、新しい傾向である。実際の恋愛の対象を得ることに絶望した、若い男性を中心に始まったアニメ、ゲーム、オタクの世界における想像上の恋愛対象の誕生だ。

この現代の恋愛における競争社会で初めて登場したこの流れは、日本独特の文化であり、それまでの大量生産と規格化で成長してきた経済の形式とはまるで異なる。というのもこれらは多様化によって生まれた産物だからだ。競争ではなく、独自化による無競争状態の発生である。同時に個性とアートが求められる世界である。

これはそれまでの成長路線とは異なり、きわめて個人的な傾向から出発しているから、インターネットの発達と大変相性がいい。コレクターにとってのオークションの形式にもその効果は波及してきている。オタク化による消費がネット市場とうまく結びついて発展を遂げていく可能性がある。

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絶滅の人類史 * 更科功 * NHK出版新書541 * 2020/02/07

人類が現在のチンパンジー、ゴリラ、オラウータンなどの類人猿とたもとを分かってから、まっすぐに現代人になったわけではない。途中に、さまざまな原生人類が現れては消え、そして最後に生き残った種が今のホモ・サピエンスだということになる。

そのいきさつを、化石と想像力でもっとつないだの本書である。つい最近まで存在したネアンデルタール人も原因不明の理由で絶滅をした。しかし一部の現代の人類の中に遺伝子の痕跡が残っているという。

ほかの原生人類はどうして消滅したのか。環境に適応できなかったのか、それともホモサピエンスとの競争に負けて滅ぼされたのか。著者は人類の歴史を「血塗られた歴史」であることを否定しているが、それなら記録に残っている凄惨な事件の数々はいったいどう説明したらいいのか。“残虐”は現代の人類の本性だと思えるが、著者はそのことについては不思議なことに口をつぐんでいる。

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僕は散歩と雑学が好き * 植草甚一 * ちくま文庫 * 2020/02/26

1970年代、まだ日本にビートルズやヒッピー運動のうねりが届いていなかった頃、ニューヨークからの貴重な文化情報を届けてくれる人がいた。それが「話の特集」に寄稿した植草甚一氏である。毎号に載せた記事は海外の事情をまるで知らない若者に、貴重な文化的刺激を届けてくれた。

全部で35編が収録されている。小説、演劇、映画、そしてヒッピーやホモセクシュアルの人々の動きなど、日本にいたのでは異次元の世界と思われそうな話を、実際にニューヨークに行かずに、銀座の洋書店に届けられた雑誌や書物をもとにわかりやすく説いてくれたのだった。

何よりも向こうの情報の洪水の中から、植草甚一氏のセンスによって選ばれた話題ばかりである。中には評論や批評の翻訳もある。あれから50年以上の時間が過ぎ、その中身は古びてしまったどころか、新しい文化が不毛である現代にあって、貴重な文化的潮流の流れを垣間見ることができる。

このような蓄積はのちになって、月刊「宝島」に生かされることになった。この雑誌を始めて手にとって「シティボーイ」という新しい言葉に引き付けられた人も少なくないだろう。

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ゾウの時間ネズミの時間 * 本川達雄 * 中公新書1087 * 2020/03/05

個々の動物種についてだけでなく、全体の中で特にサイズに注目した研究の仕方がある。ゾウが一生の間に打つ心拍数とネズミのそれとを比較することによって今まで誰も気づかなかった新しい知見が得られるようになった。ここで「アロメトリー」という新しい学問が紹介される。

それらの説明には数式や物理の法則の適用も必要だが、サイズとかかわる時間、進化、エネルギー消費量、食事量、生息密度、行動圏、走る、飛ぶ、泳ぐにまで考察の範囲が広がる。

それとは別の話題もある。この世界に「車輪動物」が存在しない理由、鞭毛や繊毛による動物たちの使い分け、呼吸系と循環系との別仕立て。細胞と組み立てる際の動物細胞と植物細胞との違い。昆虫が自分を固い骨格に包むことによって“成功”をものにしたわけ。最後に「棘皮動物」という変わり者の種族が大昔から存在したことが紹介される。

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 * 田山花袋/李孝石/伊藤永之介 * 百年文庫100 * ポプラ社 * 2020/03/10

 田山花袋 : 関東地方の田舎に住む一家が利根川の支流を下って東京に引っ越すことになった。東京に就職しているしっかり息子が呼び寄せてくれたからだ。一家の未来への希望に燃える兄弟や、便乗してきた隣の貧しいお爺さん、そして沿岸の風景など詩情豊かに描かれる。

そばの花咲く頃 李孝石 : そばの花咲く頃、つまり夏場のこと。年老いた行商人が同じく年老いた驢馬と、仲間たちとともに町から街へ、峠を越えて向かっていく。旅の途中で、みんなのそれぞれの過去の人生が浮き彫りになる。

 伊藤永之介 : ある田舎町の駐在所。おまわりさんたちは犯罪防止だけでない。医師法違反で取り調べようとしていた産婆がいるその時に、新生児の頭が出かかっている産婦の出産に取り掛かることになった。人生相談から宿泊所提供まで、次々にやってくる人々の相手をして大忙しである。売りつけようとしていた鶯は密猟の疑いで野に放たれてしまった。

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 * 今東光/北村透谷/田宮虎彦 * 百年文庫99 * ポプラ社 * 2020/03/14

清貧の賦 今東光:京都に住む没落した造り酒屋の青年は書画に夢中になり、母親をハラハラさせ、恋人がほかに嫁いでも気にも留めない。書家に弟子入りしたが、その芸術はあまりに高尚すぎて買い手がいないのであった。それでもたゆまぬ努力と、金に縁のない生活をつづけ、しかも国の乱れに乗じて酒販売を始めたところ、それがもうかりかつての酒屋の繁栄を取り戻した。没落した他家に嫁いだ恋人と偶然再会し、改めて所帯を持って残りの人生を送った。

星夜 北村透谷 : うら若き女性に恋をした著者は、結婚の前提で付き合い始め、人生が喜びに満たされるが、それもつかの間向こうから突然なかったことにしてくれと言われ、絶望の淵に突き落とされる。

霧の中 田宮虎彦 : 会津育ちの荘十郎は戊辰戦争のときに、西軍によって母や姉妹を辱められ、男の親族は殺され、各地を放浪して苦労した人生を送る。一つの生きがいは剣の強さであり、それをもとに生計を立てたりしていたが、自分の置かれた境遇に不満士族として敗戦の日まで生きた。

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 * トーマス・マン/ローデンバック/ヤコブセン * 百年文庫98 * ポプラ社 * 2020/03/18

幸福への意志 トーマス・マン:私は学校時代の旧友パオロに久しぶりに再会すると、彼はある男爵の令嬢に恋をしていた。だがパオロには重大な健康上の問題があり、求婚の申し出は彼女の両親から断られた。パオロはそのあと5年もの間、放浪の旅に出て私と再会した。彼のもとに男爵から結婚の許諾の手紙が届き、急いで令嬢のもとに戻り婚礼の式をあげるが…

肖像の一生 ローデンバック:友人の家に飾ってあった肖像は、その人の曾祖母のものだった。夫に早く死なれ、ただ一人の愛しい娘は、16歳にして持参金を狙う年上の軍人と反対を押し切って結婚してしまい、すぐに破たんした結婚のため娘は早死にして、二人の幼い孫娘が残された。その曾祖母は二人をひきとり、父親が奪いに来るのでないかと恐れながらも、なんとか二人が成人するまで育て上げたのだった。

フェーンス夫人 ヤコブセン:恋人とは結婚できず、別の家庭生活を築いたフェーンス夫人は夫に死なれ、息子と娘を連れて南フランスを旅行中、偶然にもその最初の恋人と20年ぶりに再会する。彼女はすぐさまその恋人の求婚を受けいれ、子供たちの強硬な反対にもかかわらず結婚に踏み切る。5年後不治の病に侵された夫人だったが、自分の生き方に満足していた。

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 * 宇野浩二/松永延造/洲之内徹 * 百年文庫97 *ポプラ社 * 2020/03/22

枯れ木のある風景 宇野浩二:画家である島木は同じ画家である古泉と画学校時代に知り合い、お互いに共通点があるようで長く付き合う。始めのうちは古泉が話好きでひょうきんな性格だと思っていたが、その作品は次第に深みを増し、「枯れ木のある風景」などは妖気が漂うほどであった。島木は深く敬愛していたが、古泉はしっかり者の妻に追い立てられ、突然死を迎えた。

ラ氏の笛 松永延造:自分が病院の助手として働いていたころ、重症の結核に侵されたインド人のラ氏と知り合う。彼は日本にやってきたが、大変な貧困状態にあり、自分の死が刻一刻と近づいているのを知りながら、最後の時が来るまで著者との奇妙な友情に結ばれていた。

赤まんま忌 洲之内徹:夫婦と3人の男の子の家族だったが、長男が痔の手術に失敗して危うく命を落とすところだった時、3男がバイクに乗って交通事故を起こしこの世を去ってしまう。

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国家・企業・通貨 * 岩村充 * 新潮社 * 2020/04/07

サブタイトルに「グローバリズムの不都合な未来」とある。経済理論が至る所にちりばめられていて、かなり難解であるが、現代において、目をつぶって済ませられない問題「格差」が中心に扱われている。「格差」については多くの人々が見て見ぬふりをして放置をしてきたために、どうしようもない事態に近づきつつある。

19世紀から始まり、経済成長の流れの中で育ってきた様々な経済の施策は、グローバリズムの到来とともに役に立たなくなり、抜本的な改革を必要としている。各国の中央銀行もそれまで安住してきた、ゼロ金利政策や量的緩和政策を見なおして、新しい通貨制度を含めて改めて出直さないと、人類の未来にも暗雲が垂れ込めることになる。

一方で、AIがこれから占めるであろう役割、それに伴う顔認証システムをはじめとする、うっかりすると全体主義国家にすべてを握られてしまいかねない危機も迫っているのである。これらに対して、有効的な手段を思いついた人も組織もまだない。ということは人類はそろそろ終着点に近づきつつあるのだろうか。

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習近平の敗北 * 福島香織 * ワニブックス * 2020/04/17

鄧小平以後、中国の権力者についてあまり詳しく知られていない。特に習近平については個人的に権限が集中しているということ以外、いったいどのような傾向を持ちそのキャラクターはどんなものなのか、日本ではほとんど知られていないようだ。

これは中国のすぐそばに住む国民にとって由々しいことだ。この本は、コロナの蔓延が始まる直前に出版された。だからコロナがなかったならば中国がどのようなコースを進んでいくかについて参考になったかもしれないが、2020年4月の時点では、いったいどのような事態に進むのかまるで見当がつかなくなっている。

それでもこの本により、習近平のもたらした社会、政治、経済の状況が、かなりよく見えてくる。法治国家からほど遠く、三権分立も、報道の自由もなく、その一方でAIによる徹底的な監視社会を作り上げようとしている状況を、コロナ以後にどのような形で表れてくるかを判断するにはどうしても読んでおかなくてはならない。

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センチメンタル・ジャーニー Sentimental Journey * Laurence Sterne * 小林亨・訳 * 朝日出版社

著者、Laurence Sterne はイギリスのデフォーやスィフトなどのあとから出てきた18世紀の作家。「トリストラム・シャンディの生活と意見」が代表作。

ヨーリックと名乗るイギリスの大金持ちが、旅券を持たぬままフランスに渡り、パリや南の地方を巡った後、イタリアに至る旅行記。ただし、作者が途中で死んでしまったので、1,2巻までしかない(フランス南部あたりで終わり)

単なる物見遊山と異なり、名所についての記述はほとんどなく、題名にある通り、地元の人々とのふれあいで、感情的に大きく揺さぶられたことだけ記述されているという変わった旅行記。たとえば女性だけに声をかけて恵んでもらう乞食。何で男性には声をかけないのか不思議に思い巧みに小銭をせびるそのやり方に徹底的に興味を抱く。

旅の途中に出会う女性たちとの触れ合いも面白く、暴風のため相部屋になってしまった女性とどうやって夜を過ごしたのか、頭が変になってしまった美少女に再会してどうやって別れたのか、などのエピソードがある。

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破 戒 The Broken Commandment * 島崎藤村 * 新潮文庫 し26 * 2020/05/14

丑松は長野地方の学校の教師で、まだ若く将来を嘱望される身だったが、差別部落の出身であることを、父から決して口外するなと言われていた。だが、自分のいた下宿人のひとりが、その出身であることがばれで追い出された事件をきっかけに、自分も寺に引っ越し、次第に自分の身の上を考えるようになる。

お寺の養女である娘に思いを入れるようになり、同じ部落出身の勇気ある評論家の本を熟読するうち、自分がこの秘密を隠していることに悩むようになる。父が亡くなり、その評論家と実際に会ってからは、次第に丑松の心はズタズタになりそうだった。親友は彼が病気ではないかと思う。

折から新しい校長は丑松の存在を疎ましく思っていたが、ある情報源から部落出身であることをかぎつけ、そのうちその地域のうわさの種になる。評論家は地元の弁護士の選挙運動に参加し、壮絶な死を遂げる。それに勇気を得た丑松は父の諫め(イサメ)を破り、堂々と人々の前で、職業や名誉を失うことも恐れず告白をする。そして新しい未来に向かって出発していく。

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終戦直後(上下) * 三根生(ミネオ)久大 * 光文社 Kappa Books B-310 * 2020/05/26

1920年8月15日から約2年間の日本占領期の写真と文章。進駐軍GHQが日本社会の権力中枢にいた時期である。飢えや住宅不足、失業のひどさはさることながら、最も大切なことで現在になっても覚えておかなければならないことは、太平洋戦争で負けたことに対する日本社会の反省が極めて弱いことである。

”敗戦”というべきところを”終戦”と言い換えることから始まり、この国の政治家たちは、この大革命によって、総入れ替えされたのではなく、アンシャンレジームの面々が何食わぬ顔をして政権の座に居座り続けた。岸信介がその典型的な例である。それだけでなくこういった戦犯たちが堂々と刑を受けることなく君臨しても、国民はほとんど文句を言わない。

ヨーロッパの多くの国々では、自由や人権を獲得するために、幾度も失敗し血を流してきた。太平洋戦争による日本国民の流血は、戦後の民主体制成立とは関係がない。これらはすべてGHQによって分け与えられたものであり、日本国民はいつの間にかこの国が、まるで自動的にできた自由体制であると思い込んでいる。

だから東西冷戦の開始がもう少し早かったら、それすらも可能ではなかったかもしれない。左翼の台頭に海外の共産勢力の影響を感じたGHQは全国規模のゼネストに中止指令を出した。労働3法は一応完備しているが、現代の日本では労働運動がすっかり衰微してしまっている。政治家たちは何食わぬ顔をして権力を行使しているが、その体質、気質は戦前のままなのだ。変わったのは経済的豊かさだけである。

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「新富裕層」が日本を滅ぼす * 武田友弘・著 森永卓郎・監修 * 中公新書ラクレ * 2020/05/29

バブルが崩壊して、そのあとに続く日本経済の低迷、格差の拡大はいったいどうしてなのか。そして止まらないデフレ。多くの人々はその原因は、国際競争に負けているためと思い込まされていた。しかし、世界第3位の経済大国が、急に落ちぶれることはあるのだろうか?

そこには「金の循環不全」が起こっていた。富裕層が、自分が当面使い切れない金をため込み、企業は自社の貯金、内部留保だけを目指し、社員への賃金を出し渋った。当然のことながら、消費は落ち込み、日本経済が回らなくなっていた。いわば血栓症になっていたのだ。

それを解決する手立てはあるのか?その一つに無税国債がある。これはマイナス金利であるが、そのお金は相続税をとられないという仕組みで、富裕層が隠し持っている財産のいくばくかでも放出させるというアイディアだ。

現在の経済の停滞を分析したすぐれた著書であるが、実際の世界では富裕層の強欲、官僚の無関心と変化への抵抗、庶民の真相を知ろうとする意欲の欠如によって、この状態を乗り切る見通しは実に暗い。

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桜の園 The Cherry Orchard * Chekhov * 小野理子・訳 * 岩波文庫 赤622-5 * 2020/06/04

この物語の女主人公ラネーフスカヤ夫人は夫の死後愛人とともにパリに暮らしていたが、金が尽きたために自分の領地である「桜の園」に戻ってきた。だが、長年の浪費と放漫経営のために、この土地は競売にかけられることになっていた。

この土地に戻ってみると、昔からの召使など雇っていたものがおり、自分の兄や実の娘、養女らがこの屋敷に集まり、取り留めない話がいつまでも続くのだが、行き詰ったこの土地については何ら名案も浮かんでこなかった。

競売の日がやってきて、近所の実業家が買い取った。彼は桜の木を切り倒して、別荘地の分譲をするのだという。幼い時の思い出の詰まっているこの屋敷から夫人も、長らく暮らしてきた者たちも旅立ちの準備をすることになった。ある者は未来に目を向け、ある者はそれまでと同じ暮らしを続けることを望み、ある者はここで命尽きるのを待つばかりとなった。

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ビートルズのビジネス戦略 * 武田知弘 * 祥伝社新書244 * 2020/06/07

ビートルズの音楽性だけでなく、ビジネス戦略のユニークさ、というよりも初めて現代社会における大衆音楽の導入を図った先覚者たちの物語。先覚者とは、マネージャーであったブライアン、プロデューサーであったジョージマーティン、そして広報担当であったディックジェイムスの三人である。

まったく無名であった時代のビートルズを育て上げたのであり、広報も宣伝も、経営の仕方も全く未知の分野であった時に、この三人は試行錯誤を重ね、実験を試みて、現代では当然になっている音楽ビジネスの基礎を築いたのだった。

しかし、ビートルズは誰もが予想しなかったほどの大物であった。あまりにも人気があり、売り上げも巨大だったので、この有能な3人でも持ちこたえることができず、ビジネス上のトラブルは、ついにグループの解散に至ってしまった。

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ナチスの発明 * 武田知弘 * 彩図社 * 2020/06/12

ナチスの政権時代に数多くの理工系分野での発明が行われた。それは現代社会におけるテクノロジーの基礎となっているものや、インフラの基本的考え方についても含まれる。これらの発明はナチス政権において実現したが、それ以前のドイツでは、長年にわたる知識の蓄積と人材の育成があったのだ。

一方、ベルリン・オリンピックのように、ナチスの政治体制と優れた点を世界に宣伝するために大々的に行われ、それが結果としてその後のオリンピック運営のモデルとなったものもある。これらについては、積極的に才能ある若い人材を登用した結果であることが大きい。

そして最後にヒットラーを取り巻く政権の重鎮たちであるが、歴史の様々な権力者たちと同じく、最後は悲惨な運命をたどった。ベルサイユ条約があまりにドイツを痛めつけたので、それに反発して、このような国家体制が生まれてしまったことを考えると、現代における右翼の勢力の伸長を考える上で大変参考になるといえる。

「ナチスの発明」はモノの発明にとどまらず、社会変動における一つのパターンを示したという点での”発明”も非常に重要である。

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AIに勝てるのは哲学だけだ * 小川仁志 * 祥伝社新書560 * 2020/06/13

AIが出現して以来、人々は自分たちの生活がどうなるのか、仕事が奪われるのか、戦々恐々だ。これまで人間が発明してきた様々な道具類のように、自分たちの“従者””奴隷”にできるかどうか定かではないからだ。悲観論では逆にAIに支配されてしまうのではないかといわれている。

それで今のAIの発達段階から見て、著者は人間のユニークな特徴と、さまざまな思考法、勉強法を駆使すれば、人間のほうが優位を維持できると信じているようだ。しかし我々には、10年後のAIの進歩がどのくらいになっているのか想像もつかないし、ましてや1世紀後のことなど考えるのもばかばかしい。

これから先もAIを利用し依存し続けるのか、それともたもとを分かってAIを排除した世界を新たに作るのかによって、今後の趨勢は大きく変わってくるだろう。シンギュラリティが起ころうと起こるまいと、自己家畜化を避け“野生動物”としての人間の生き方を維持していきたいものだ。

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戦前の日本 * 武田知弘 * 彩図社 * 2020/06/19

日本の歴史の中に盲点があった。大正時代に入ってから、太平洋戦争に突入するまでの期間である。戦後、あらゆる面での驚異的な復興があったが、その多くが戦前の”流れ”であったのだ。敗戦によって更地になってしまったが、決してゼロから出直したのではなく、”続き”をつないできたのである。

特に大正デモクラシーから続く、国民から自発的に始まった自由民権やストライキ権の獲得は、もしGHQの強制的な施行がなかったらどう成長していったのかが気になるところだ。他のいわゆる民主主義国では、自分たちで様々な障害を乗り越えて今日の制度を作り上げたが、日本ではそれがない。

多くの留学生が集まるような優れた教育制度、今日に直結するモノづくりの優秀さは誰しも認めるところだが、江戸時代から続く封建的な気風、田舎の因習、男女差別などは、果たして自力で改善することができただろうか?

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庶民は知らないデフレの真実 * 森永卓郎 * 角川SSC新書151 * 2020/06/22

金持ちの立場に立って、デフレを眺めてみる。そうすると、自分たちに有利なことばかりだ。資産価値が下がるから、損をしそうだと考えるが、下がった時に買い、あがった時に売りに出せば大きな利益があがる。デフレの場合にはそのチャンスが増す。

これまでの政権は、大きく分けて、田中角栄や小沢一郎のように社会的平等を目指す流れと、小泉に代表されるような自由競争や規制撤廃を徹底的に推し進めて利益増大を図る人々にとってやりやすい環境を作ろうという、二つのグループがあった。

現代は、サッチャー政権、レーガン政権から始まって圧倒的に後者の優勢な時代である。このため貧困層の増大による格差の拡大が日に日に増しており、一方では自分の資産を自己増殖させることができるほどに財産を持っている者にとってはありがたい時代になっている。

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生活保護の謎 * 武田知弘 * 祥伝社新書286 * 2020/06/30

なぜ日本は社会保障の面で立ち遅れているのか?他の先進国と比較してあまりにもお粗末な生活保護の制度は、財界と小泉首相がその方向性を決めた。だが、国民はそれに対して明確な意見の表明を行っていない。ちょっとでも問題が起きれば全国的なデモに発展するフランスなどとは大違いだ。

いつまでも日本の高度経済成長のことが忘れられず、社会の変化を見極めることもできない保守的政治家と経営者たちは福祉の現場に要求されるきめ細かい工夫をすることもなく、企業のあるいは地方自治体の資金の目減りだけが目の前にぶら下がっている状態を続けてきた。

現在における非正規労働者の割合の高さに目をつぶり、最低賃金を抑え込み、結局のところ国民の健全な消費意欲を冷え込ませたまま、日本経済のゆっくりした衰退を座視しているのが、この国の権力者たちなのだ。

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 * 武者小路実篤/高村光太郎/宇野千代 * 百年文庫96 *ポプラ社 * 2020/07/03

馬鹿一 バカハジメという男は詞を書き絵を描いて悠々と郊外で暮らしている。その名前のごとく一見どうしようもないバカに見えるが、実は人生の真実を分かっているのだ。友人たちがいくら原生の常識で論破しようとしても、彼の天真爛漫な答えには、手も足も出ない。

山の雪 岩手県の山奥に暮らす著者が冬の雪に囲まれた生活を存分に楽しんでいる様子が描かれている。

八重山の雪 戦後、ヒロインは結婚相手が決まっているのに、店に訪れた駐留軍の兵士イギリス人ジョージにほれ込み二人は生活をはじめ男の子も生まれる。だが、ジョージは香港への移動命令が下り、脱走を決心した彼は、ヒロインの遠い親戚の住む田舎に隠れて暮らし、炭を焼いたりかごを編んだりして生活を立てていこうとするが、ある日ついに追手に捕まる日がやってきた…

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旅はときどき奇妙な匂いがする * 宮田珠巳 * 筑摩書房 * 2020/07/07

この本は台湾、マレーシア、ラダック、熊本について書いてあるが、その旅行記ではない。では何かというと、非日常性を求めて旅に出たが、それが得られずに帰ってきた、というものから神経痛の一種に悩まされている著者が、旅の中でストレスから解放されたような気がして、不思議にその症状が軽快したというものまである。

また、我々がガイドブックに求め大いに期待している風景に出くわす代わりに、きわめて奇妙な地上の地形を発見することになったことや、まるで迷路に入ってしまったような不思議な路地や温泉内部が旅人に大変大きな魅力を醸し出すという話もある。

要するに、この本では普通の旅の魅力や面白さを描く代わりに、期待外れや失望も含めて旅の持つ様々な側面を語り、そうやって得られた貴重な体験を自分のものにすることによって、新たな旅に出たくなるのだと言いたいのだ。

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 * 火野葦平/ルゴーネス/吉村昭 * 百年文庫95 *ポプラ社 * 2020/07/11

伝説 名物カッパがいたのだが、突然杳として行方が分からなくなった。天に上ろうとして墜落したのか…好意を抱いていた雌のカッパがいろいろ思い悩む。そして作者にあてたあるカッパからの、天に上ろうとした顛末を述べた手紙。

火の雨 悠々自適の一人暮らしをしていた私だが、ある日突然晴れた空から銅の粒の雨が降ってきた。次第にその粒は暑くなり、街のあらゆるところの人々はそれで焼け死んだり、家が燃えてしまった。私も何とか地下室に潜ってしのいでいたが、遂にだめだと悟り、毒ワインをあおいだ。

少女架刑 私は母親から疎まれ、金を稼ぐためにストリップダンスをする16歳だったが無理がたたって肺炎になって死んだ。母がわずかな謝礼と引き換えに私を病院の解剖実習に回した。私はズタズタに切り裂かれた挙句、骨壺も母親に拒否されて身元不明者の骨を収めるお堂に入れられた。

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トリック-「朝鮮人虐殺」をなかったことにしたい人たち * 加藤直樹 * ころから * 2020/07/15

ナチスドイツのホロコーストはなかったと主張する人々が後を絶たないように、日本でも自分の政治的立場を世間に認めてもらいたいがために歴史の事実を歪曲してトリックを仕掛けて多くの人々に訴えかけようとする人々は多い。

右翼である安倍晋三が総理大臣になってから勢いづいた、もっと過激な右翼に属する人々もその例外ではない。彼らの目的は一般の歴史をあまり知らない人々に対してあたかも事実が起こったかのように出来事を提示して信じ込ませ自分たちの勢力を増そうとしている。もちろんその傾向はどんな政治勢力であっても変わりはない。

この本で取り上げられているのは関東大震災における流言飛語によって多くの朝鮮人が意味もなくただ人々の恐怖心によって虐殺された事件を扱っている。著者はそのような書物やネット情報を綿密に調べ、そこに潜むトリックや事実の都合のいい切り取りのさまを明らかにする。

「否定者は、論点が真っ二つに割れていて、自分たちがその”一方の立場“にあると認知されたいのである」という「ホロコーストの真実」での指摘がある。

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三人姉妹 * チェーホフ * 湯浅芳子 * 岩波文庫 赤622-4 * 2020/07/25

地方都市に住む、比較的裕福な三姉妹。弟は結婚して子供がいるが、自らはバクチにおぼれて、この家をダメにしようとしている。この地には砲兵隊の一連隊が駐屯していて、姉妹たちを目当てにしているのか、四六時中彼女らを訪れてはちょっかいを出したり、果てしのないおしゃべりをしたりしている。

だが、彼女らの生活には何か先がない。というよりは勤労に励むというような目指すものがないためか、生活が無気力である。いつもイライラしており兵隊たちと取り留めのない会話をしても、自分のしっかりした生き様が見つけられないでいる。

第3幕では近所に火事が起きた。貧しい人々を一時的に屋敷内にかくまうなど、ちょっとした動きがある。しかし第4幕では砲兵隊は全員別の地方へ移動することになり、三姉妹も弟もこの町に残されることになる。自分たちだけになったら、彼らは新しい生活を築いていくのだろうか。

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来月更新に続く

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