人力を生かす

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竹林

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人体は何にでも使える道具である。その構造はもろく、傷つきやすく、他の動物と比べるとたくましさに欠けるが、巨大な脳がコントロールしているおかげで、さまざまな方法で利用できる無限の可能性がある。

まず第一に、なぜ人間が日本の「うしろ」足で立つようになったのか考えてみよう。この主たる理由は手を細かい仕事に使うためである。人間が手を利用するにつれ、手のほうが今度は脳の方に大量の刺激信号を送るようになった。このためこの相互関係が人間の手と脳の両方の発達を促したのである。立ち上がったことの第2の理由は人間の脳が、二本足で立つ、いや一本足で立っているときでさえ、バランスを取ることが可能になるほどの発達を遂げたことだ。言うまでもなく、ただ立っていたり、歩いたり走っているときにも、神経系統の間に驚くほど複雑な相互作用が必要なのである。

人間の目もまた重要な役割を果たしている。祖先たちの樹上生活のおかげで、人間の視力は非常に優れ、ものを立体的に見ることが可能になった。祖先たちが木から木へと飛び移るとき、木と木の間の距離を正確に計っており、このため立体視はまさに進化の産物なのである。

生まれたばかりの赤ん坊は教えられずに泳ぐことが出きる。水に対する恐怖感もない。人間は、本能的に水を嫌う類人猿や犬猫と異なり、生まれつき泳ぎ上手らしい。その上、人間の毛の生えていない皮膚は水に対する抵抗を減らし、体型は流体力学の観点からしても水泳に適している。女の美しいからだはまさにそこから生まれたものである。ゼウスや他のギリシャの神々が人間の女の体に引きつけられたのも故あることだ。

無限の人力を引き出し、地上を、いや空中でさえもどこでも動き回れることを可能にした6つの発明がある。ここで言っているのは、ロケット、ジープ、スノーモービルのような、現代の複雑な機械のことではない。この発明というのは単純で、すべての人の手に渡るほど安価なものである。人間は何ら道具を使わなくとも、歩き、走り、跳び、泳ぐことはできるが、この6つの発明は人力の極限の範囲を広げたのである。

私の自転車の一つ自転車

たった2本の車輪と、あの目立つダイアモンド型のフレームによって、人間は道路のある限り可能なだけ遠くへゆくことができる。自転車に乗ると歩く時のたった15分の1しかエネルギーを必要としない。この発明によって平均的な人間は時速60キロ、少なくとも40キロで進むことができるようになった。下り坂であれば、そのスピードは時速150キロにも達する。

多くの改良が行われ、いまやその基本構造は完璧である。人力システムと伝達装置の組み合わせが現在の自転車の姿である。
たとえば、神奈川県藤沢市(人口336.846人、1987年)ぐらいの規模のコミュニティーを動き回りたいなら、自転車が最適で、エネルギーを消費せず、公害を生じない交通機関である。

マウンテンバイクのおかげで登山やへんぴなところに注目が集まっている。この種の自転車はダートや雪上、そして岩だらけの山を走るのに耐えるぐらい頑丈である。そんな山はかつては、馬や他の家畜、そして特別なバイクだけしか人や荷物を運ぶことができなかった。

ダイビング3つ道具スキン・ダイビング

もし3つ道具と健康な体があれば、水中世界を楽しめる。水中めがね、足ヒレ、シュノーケルである。もちろんアクアラングというものがある。アクアラングのおかげですいめん下200メートルの世界を探索することができる。結局は人工的な道具に頼らねばならない。だが魚と競争するのはまた別の楽しみでもあるのだ。もしスキンダイビングを選べば、酸素タンクを担ぎ、マウスピースとレギュレータをくわえる必要はなく、まるで魚のようにかるがるとーもしかしたらクラゲのようにー泳ぎ回ることができるのだ。

肉眼では水中では何もはっきりと見ることはできない。水の入ってこないメガネの助けを借りねばならない。足ヒレがなければ、進むスピードが遅すぎて、水中を上下に動き回ることができない。足ヒレが一枚になった、「モノフィン」というものを使えば、オリンピック級の水泳選手を負かす可能性もある。最後に、人間は鯨と違い、鼻の穴が頭のてっぺんについていないし、穴を閉じることもできない。この不便を克服するために、顔を伏せたままでも呼吸できる、U字型の管が発明された。鯨のように2時間もの間呼吸を止めていられたらいいのに!悲しきかな、せいぜい2分がいいところだ。

でもたとえ短時間であってもまるで魚のように水面下を泳ぐことができるのだ。ほとんどはだかの状態で、大海の縁の透明な世界を楽しむことができる。

蔵王の地蔵岳にて スキーとスノーボード

二枚の細長い板のおかげで、エベレストの山頂からすべりおりることができる。誰かがスキーの道具を発明するまで、誰もスイスの氷河の奥深くまで探検することなど誰も夢にも思わなかった。もはや雪は人間が山岳地帯を横断するときの障害とはならない。スキーは最も頼りになる交通手段となったのだ。

ノルディックスキーは人工的なスロープ(ゲレンデ)での普通のスキーよりもはるかに刺激的であり、雪国の厳しい気象をどのように乗り越えるかのすべを教えてくれる。山腹に残された、二本の筋は人間の自然での喜びの象徴である。

スノーボードは急速に人々の心をとらえている。これによってもまた、雪の上を自由に動き回ることができる。ウインドサーフィンのようにバランスを取ることが必要だ。

スケート

冬の寒さが厳しい国では、河や湖の氷の厚さが人々の重さを支えるほど丈夫だ。たった二枚の鉄の刃を付けただけで、人は氷の上をなめらかに滑ることができる。

氷にかかる、二枚の刃の圧力によって、そこが瞬間的に溶け、そこに生じた水が超潤滑油の役割を果たす。オランダでは、スケートは主要なスポーツであり、運河網全体を通じての交通手段でもある。理論的には、2枚ではなく、1まいの刃の上に乗って滑ることになっている。これには神経系統の驚くほど複雑なバランス調整が必要とされる。

宮城県鳴瀬町野蒜海岸にてウインドサーフィンとセーリング

最も新しい、風で走る乗り物の発明がこれだ。一枚の板の上に、いわゆる「ユニバーサル・ジョイント」が結合した棒がついており、これによって、マストはどの方向でも、どんな角度にも向けることができる。この非常に単純な道具のによって、フネはまるでアヒルのように水面を滑り、やかましいエンジン付きのクルーザーは言うに及ばず、他のどんな帆のついた船よりも単純である。この単純な板のおかげで、人間と自然は直接一体になることができる。人間は水上を歩けないが、この発明のおかげで、波から波へと跳び歩き、鏡のようになめらかな水面をさまようことができるようになった。サーフィンとは違って、風のある限り、どこにでもゆくことができる。

もちろん、さまざまな種類の帆で走るフネはある。年を取れば、体力的に、いつまでもウインドサーファーではいられないだろう。そのときには老人向けのヨットがちゃんとある。

自転車付きパラグライダー ハンググライダーとパラグライダー

アメリカ航空宇宙局の科学者が最も単純なグライダーを発明した。その着陸装置は人間の足である。2枚の三角形の翼を持ち、まさにこれは流体力学の研究結果の応用である。山腹に吹く強力な上昇気流を利用して、これは鳥そのものになることができる。

しかしハンググライダーは老人には適さない。若い人々でさえも、時にけがをしたり、死んだりさえする。風に向かっての操作が難しいからだ。そのときにはパラグライダーがお奨めである。これは老人が楽しんでもいいくらい安全である。

まとめ

これらの6つは技術を磨く必要があるが、最も簡単な道具を利用しており、それらは人間の筋肉によって力を加えられた、人体の延長と見なすことができる。現代の機械はあまりにも発達しすぎ、洗練されすぎて、その結果何かを行うという基本的な喜びや大自然と一体となる「直接性」を私たちは奪われてしまった。

たとえばスポーツカーを例にあげてみよう。かつては男っぽい戸外活動の象徴でもあった。がいまでは一部の人々は魅力を感じなくなっている。それはマイコンのような洗練された機構があまりにも多く導入されてしまったからだ。ヨットもまた、あまりに多くの電子計器を積み込み、海を行く味気ない機械に成り下がってしまった。ここで重要視されているのは人間の能力ではなく、機械の洗練度と、投資額の多さなのだ!現代では、人々はスポーツの世界でさえも、疎外されている。

このような傾向に対抗して、多くの人々が単純化された道具を使うか、全く道具を使わないことによって、人間の能力の極限を見いだそうとしている。トライアスロン(ランニング、自転車、水泳)もその一例である。人体の構造は非常に強靱で、その耐久力の限界はまだだれも予測できないでいる。現在、マラソン走者は42.125キロを走ることになっているが、たとえこれが100キロに延長されたとしても喜んでレースに参加する人が後を絶たないだろう。

上で述べた6つのスポーツは最大限の人間の能力を必要とし、さらに人間活動の新しい次元でもある。今日、人間はエアコンやエスカレータのような、現代文明の「便利な」道具により、肉体的にも精神的にも衰弱している。もし宇宙時代にも人間が生存を続けようと言うのなら、どうしても万能な活動能力やその他の能力を作り上げてゆく必要がある。

初稿 1986年4月
改訂 1999年5月

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