食の理論

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竹林

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人生において最も大切なものは人それぞれだろうが、生活において最も大切なものは何か、という問いには即座に答えられなければならない。それは「食」である。どんなに文明が発達し、人々の生活が豊かになろうと、すべては原点に立ち戻らなければならない。それは生物が生命を維持する営みであり、睡眠、休息、排便と並び、最も基本的なものと見なせるものである。

ところが、文明が発達するにつれて、「忙しさ」という名目のもとに、またあの憎むべきアメリカ画一主義のために、食生活はなし崩しに貧しいものになってきている。朝飯抜き、間食、太りすぎにやせすぎ、肉食中心主義に菜食主義、加工食品、輸入食品、と問題は日に日に大きくなるばかりである。

食生活の貧困が引き起こす問題は数え切れない。家族関係の悪化、情緒不安定、体のリズムの乱れ、そして思いがけないことに、昔猛威を振るった脚気などの栄養不良による病気の復活、と社会的な悪のあらゆる根元として、挙げられている。それでも人々は金を払い、時間を節約できることを目指して、ますます食を粗末に扱ってゆく。

ミニトマトしかし最近になって、多くの良識ある人々によって食の大切さが指摘され、貧困な食事による弊害の実証的研究もなされるようになってきた。市役所の食堂などでは、おかずの種類を増すことの大切さを伝えるポスターが見られるし、少なくとも社員食堂のように大勢の人々の食生活をまかなうところでは、バランスのとれた料理を心がけているようである。

しかし個人のレベルでは、ますます内容の悪化だけが進んでいるようだ。その第一の原因はコンビニエンスストアの隆盛であろう。昔から、インスタント食品や、手軽なおやつの問題は取りざたされていたが、24時間営業のコンビニの出現はこれを著しく加速した。コンビニに売っているお弁当やおにぎり、そして驚くなかれ、チョコレートやポテトチップスはもはや昼食やおやつではなく、一日の最も大切な夕食の代わりを果たすようになってきているのである。

食べる本人に驚くほどの栄養学的知識が欠如していることもあるが、ただ単に食に対する関心が薄いというのが大勢である。夜更かしのために朝起きることができないなど、本人の生活習慣の乱れがこの問題の根幹をなしている。関心のなさは、当然のことながら、加工食品や保存料、農薬の使用、輸入の実態について知ろうとする意欲を生み出すはずがない。ここは食品業者、特に輸入商社のつけ目であり、口当たりのいい、見栄えのいい食品さえ消費者の前に見せておけば、彼らの売り上げが減ることはない。

このような構図のもとに、無関心な消費者が何も知らないまま、彼らの食生活、ひいては健康は知らず知らずのうちにむしばまれ、業者のお得意さまとしての立場だけが、ますます固定されてゆくのである。彼らの巧妙な作戦は、消費者に不信感を抱かせないことである。しかも目覚めない消費者は、自分が「喜ばせてもらう」ことだけを待ち望む受け身的な存在であるから、彼らにとっては絶好のカモだといえる。また、自動車や家具などと違い、不況の影響も大きく受けないのもうまみであろう。かくしてますます消費者は業者に依存し、農薬や保存料の実態も知らず、大げさに言えば、その生き死にも彼らに牛耳られることになる。

輸入食品の実態を見よう。日本が、食糧自給率を世界の中でも危機的な水準までに下げていることは周知のことであるが、多くのスーパーでは、その産地を明記しない。少数の良心的なスーパーでは、きちんと表示はしているが、多くの消費者の行動は、値段できまる。輸入食品、特に野菜や肉はまずほとんど国内産より安いに決まっているから、食に最大の価値をおかない、大多数の人は安いものを選ぶであろう。

しかし、なぜ日本人が、メキシコのカボチャやカルフォルニアのブロッコリーやフロリダのグレープフルーツを買わなければならないのか?缶詰や冷凍食品ならともかく、畑でとれたものをこのようにしてとんでもない遠距離を運んでくる異常さに気づく人は少ない。そして、ゴミ箱を埋める残飯の山。すっかり感覚がマヒしているのである。このように日本の国土でとれるものをわざわざ運んでくると言う神経がまかり通るのなら、貿易の自由化は全く唾棄すべきものである。コストがすべてに優先し、人間の生活を無視したこのような経済システムは、ノストラダムスの予言から見れば最初に焼き捨てるべきものだ。

食物は特に野菜や果物は新鮮さが命だ。面倒だからといって冷凍にしたり、遠距離を防腐剤を振りかけながら持ってくるべきものではない。結局、現在の日本の輸送網からすれば、北海道、東北、関東、中部、関西、中国、四国、九州、南西諸島のそれぞれの域内でそれらは消費されるべきものなのだ。柑橘類やイモ類のように日持ちのするものはもう少し地域を広げてもいいが、レタス、ほうれん草のような葉ものは、理想的には裏庭から持ってくるべきものなのだ。九州のイチゴを特急便で運んで東京の食卓に間に合わせるなど、狂気の沙汰だ。

食べ物さん、ありがとう栄養学的見地から、新鮮さの限界をしっかり確認し、長距離輸送を法的に規制しなければならない。そのためには、各人口密集地域の周辺には、それぞれが自給できる程度の野菜や果物の栽培を計画的に行う必要がある。昔から言われているように「身土不二」こそ食生活の根本なのだ。

また伝統的な食生活を維持しなければならない。アラビアにはアラビア風の、イギリスにはイギリス風の食生活が発展したのは、その土地で生産できる食品と、人々の好みと、健康維持の3つが長い経験の末に結びついてきたからである。これを無視し、アメリカ風のいわゆる「普遍的」食生活を続けることは、長い間培われた各国民の体質に反し、病気のもとになることは火を見るよりも明らかである。

たとえば、日本人は明治維新まで、牛肉はほとんど庶民の口に入らなかった。わずかそれから150年後、若者は来る日も来る日も牛肉を食べている。日本人の腸がヨーロッパ人に比べて長いのは、ゴボウのように繊維質の多い野菜ばかり食べてきたからだ。それをアメリカやオーストラリアの牧畜業者のご機嫌取りをして心臓疾患を起こすこともあるまい。

ローマ帝国の末期にも見られたことだが、文明の爛熟期にはいると、いわゆる「グルメ」という極端な傾向が出現する。どの成金でもそうだが、やることがなくて、退屈を持て余すと最後に求めるのがこの「美食」「過食」である。その贅沢を味わえるのがごく少数ならさほど影響がないが、日本のように中産階級の大部分がその余裕を持つようになると、世界全体に迷惑をかけることになる。

わら一本の革命・福岡正信その典型的な例がマグロとエビと牛肉である。江戸時代にはマグロなど少しも高級でなかったのに、明治時代になるとブランド信仰のせいで、「トロ」をありがたがり、世界中にマグロを買いあさり、資源を枯渇させている。エビは天丼にいれるのだか知らないが、大変な需要のため、台湾、タイ、マレーシア各国で、自分たちの大切な自然の養魚場であるマングローブ林を伐採して、エビの養殖池を作り、病気の予防のため抗生物質をぶち込み、自然の荒廃に拍車をかけた。牛肉はあまりにも業者の力が強いので、大声で叫ぶと暗殺されるかもしれないが、広大な草原や森林を牛が食べる草を生やすためにつぶし、かといって飢餓に苦しむ人々の穀物畑を作ることも許さず、地球規模の飢餓の大きな原因になっているのが実際の姿だ。

残念ながら、人々の自身の食に対する関心そのものが薄いため、このような問題を深く認識している人はきわめて少ない。深く追求する人もわずかである。だから、すでに述べたように、食品を扱う業者の思うままである。マクドナルドに家族サービスということで、かわいい息子や娘にハンバーガーを食べさせている善良なパパたちにこんな話を聞かせても顔をしかめるだけだろう。

しかし政治とはたとえ小さな主張であってもそれを少しづつ大きくして現状を変えてゆくものであるべきである。物質文明の進歩はもうたくさんだが、ただ各人の認識が足りないために、状況がどんどん悪化してゆく例が現代社会にはとても多い。食にまつわる問題もその一つなのである。もう遅すぎるのかもしれないが、変革できるところはあるなのである。


誰でもできる食生活改善の10項目

  1. 朝、昼、晩の三食を厳守する(当たり前のこと、これをしないから太ったり、やせたりする)
  2. 肉、魚、野菜、果物は「量は少なく、種類は多く」を実行する(イモ煮会、チャンコ、豚汁などが好例)
  3. 重労働につく者以外は間食をしない(肥満は砂糖の入ったコーヒーとショートケーキから)
  4. 日本人が昔食べ付けなかったものはできるだけ食べない(ファーストフードは最悪)
  5. ご飯を食べよう、パンを食べると馬鹿になる(昔アメリカ駐留軍はその逆のことを日本人に宣伝した)
  6. 太りすぎもだめ、やせすぎもだめ、(中肉中背を維持するのはきわめて難しい)
  7. 環境のことを考えて、牛肉、エビ、マグロは控えよう(「絶対にやめる」というのはやめよう。タバコと違う。友だちに嫌われる)
  8. 缶ジュースは加工食品の代表格、お茶を作って魔法瓶を持参しよう(今はとても優秀で軽い物がある)
  9. 日本の伝統食を中心に献立を考えよう(カレー、ハンバーグ、スパゲティを子供に食べさせるのをやめよう、悪い嗜好ができる)
  10. 日本人の昔ながらの「食肉」、鯨の捕獲を復活させよう(牛肉を輸入せずにすむ、計画的に獲れば、半永久的に蛋白が確保される)

参考文献

  1. わら一本の革命 * 福岡正信 * 春秋社
  2. 食べ物さん、ありがとう * 先生;川島四郎・生徒;サトウサンペイ * 朝日文庫
  3. 脱牛肉文明への挑戦 * Geremy Rifkin 北濃秋子・訳 * ダイアモンド社
  4. 農業の雑学事典 * 藤岡幹恭・編著 * 日本実業出版社
  5. 農家の主より消費者へ * 山下惣一 * 家の光協会
  6. 米作りはほんとに必要か? * 北村美遵 * 光文社カッパブックス
  7. 海と魚たちの警告 * 小島正美 * 北斗出版
  8. 農人日記 * 秋山豊寛 * 新潮社
  9. なぜ世界の半分が飢えるのか * Suzan George 小南祐一郎・訳 * 朝日新聞社
  10. エビの向こうにアジアが見える * 鶴見良行・村井吉敬 * 学陽書房


1999年6月作成
1999年7月改訂

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