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作品解説
雪の吹きすさぶ津軽海峡にはかつて大勢の人々が身を投げ、主人公も花束を持って連絡船に乗っていた。ふと目にした老婦人の手にも花束があり、悲しい過去をそれぞれに負いながらもみちづれになったような気持ちがふとよぎるのだった。 |
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作者紹介
三浦哲郎(てつお) 昭和6年(1931年)
青森県八戸市生まれ。早稲田大学仏文科卒業。38年「忍川」で第44回芥川賞。51年「拳銃と十五の短編」で第29回野間文芸賞、58年「少年讃歌」で第15回新潮社日本文学大賞、1985年「白夜を旅する人々」で大仏次郎賞を受賞。著書に「風の旅」「海の道」「冬の雁(がん)」「暁闇の海」など多数がある。著者の郷里に題材を得た短編は「みちづれ」のほかに「蟹屋の土産」など、それぞれ味わい深い。
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みちづれ(その1)
注;
- しろぎく > 白菊 : 死者の墓に供えるのによく用いられる花。
- つがるなまり > 津軽訛 : 本州最北端、青森県の北西にある半島部で話されている方言。
- いきなたくらみ > 粋なたくらみ : ちょっと気の利いた計画
- けんとう > 見当 : 推測、予測
- めいにち > 命日 : ある人の死んだ日
- なんぎなこったね > 難儀なこったね : ご苦労さんだね、たいへんだね
- よこなぐりの > 横殴りの : 雨や雪が大変の強風のためにほとんど水平方向に吹き付けていること
- かぜをはらんで > 風を孕んで : 風を受けて丸く膨らんで
- あいにくの : 運の悪い、残念ながらついていない
- かみづつ > 紙筒 : まるめた紙で円筒形にしたもの
- こわきにかかえた > 小脇に抱えた : 脇の下に挟んで
- せんきゃく > 先客 : 先に見せに来ていた客
- おうどいろ > 黄土色 : やや茶色に近い黄色
- がいとう > 外套 : オーバーコート、厚手の防寒着で通常足下まですっぽり覆う。
- ほのおのいろがうつっていた > 炎の色が映っていた : ブーツがよく磨かれているので、ストーブの炎の光が反射している
- せなかできいた > 背中で聞いた : 後ろから聞こえてきた
- れんらくせん > 連絡船 : 本州の青森と北海道の函館を結ぶフェリー。片道4時間あまり。青函トンネルが開通するまでは重要な交通機関だった。
- ひといきいれる > 一息入れる : ちょっと休憩する
- はにしみる > 歯に滲みる : 冷たさや熱さが歯に直接感じられる
- かじかんでいる : 冷たさのために感覚がなくなっている
- ふなべり : 船の船室の外、甲板部分。
- ざっとう > 雑踏 : 大勢の人々が押し合いへし合いしているさま
- そのはてが その果てが : その先端が
- ほとぼり : まださめずに残っている暖かさ
- みるともなしに > 見るともなしに : 特に見ようという気もなく
- こげちゃいろ > 焦げ茶色 : 茶色に黒を混ぜた色
- こぶりな > 小振りな : やや小さめな
- ぼうふ 亡夫 : 死に別れた夫
- たむける > 手向ける : 仏となった死者にささげる
- まぶかにして > 目深にして : 帽子を深くかぶり外から顔がよく見えないようにして
- いえじをたどる > 家路を辿る : 自分の家に向かって帰っていく
- とちゅうげしゃ > 途中下車 : 目的地への切符を買った上で途中の駅で降りること
- とおし : 列車も連絡船もすべて料金を一緒に計算して一枚の切符にしてあること
- じはだがのぞいている > 地肌が覗いている : 雪に覆われていないコンクリートの白い部分が見えている
- こせんきょう > 跨線橋 : 線路のこちら側から向こう側へ架かっている橋で、駅に付属している
- やねうらのとりょう > 屋根裏の塗料 : 屋根に塗ってあるペンキが黄色っぽいので、それが雪に反射して道も黄色っぽく見える
- くびをすくめて > 首をすくめて : 寒いので首をなるべく縮めて
- きんこう > 近郊 : 郊外地域
- こころえている > 心得ている : よく知っている、やり方をしっかり身につけている
- あぶなっかしいあしどり > 危なっかしい足取り : (雪道で)今にも転びそうな歩き方
- ほどなく : まもなく
- おもいのほか > 思いのほか : 意外に、予想とは違って
- あおいだ > 仰いだ : 見上げた、自分より背の高い人を見た
- けげんそうな > 怪訝そうな : いぶかしそうな、怪しんでいるような
- いてついていた > 凍てついていた : 凍り付いていた、かちかちに凍っていた
- かたくなないし > 頑な意志 : 決して曲げようとしない自分の気持ち
- てごたえ > 手応え : 相手からの反応、応答
- といき > 吐息 : 息を吐き出すこと(何かに納得したような場合)
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みちづれ(その2)
注;
- だしじる > 出し汁 : ソバを入れたり、ソバにかけるしょうゆにカツオや昆布その他を入れて味をよくしたスープ
- こもっていた > 籠もっていた : (匂い、気体などが)なかなか外に出ていかないで室内に残っていた
- かんさんとして > 閑散として : 人の数が少なくて
- ぼうかんふく > 防寒服 : 寒さを防ぐ外套などの厚手の上着
- タグボート > tug boat : 港ではしけや大型船を引いたり押したりする、強力なエンジンを備えた小回りの利くエンジン船
- シャッター > shutter button, shutter release : カメラで写真を撮るときに押すボタン並びにレンズの口を瞬間的に開く装置
- なごりをおしむ > 名残を惜しむ : 別れる人やものに対する残念な気持ちが高まること
- のりおさめ > 乗り納め : これを最後にその乗り物に乗るのをやめること cf. 食べおさめ;これを最後にその食品を食べるのをやめること
- ボストンバッグ : Boston bag, overnight bag : 短期の宿泊旅行に多く用いられる鞄、旅行かばん
- らしゃばり > 羅紗張り : 毛織物風の布が張ってある(机)
- かたむいている > 傾いている : 書き物がしやすいように机の板の手前が低くなるように傾斜がつけてある
- どうにかやりくりできる : 何とかお金を用意することができる
- ならわし : 習慣、長い間の同じ繰り返し
- そろいの > 揃いの : みんな同じ格好や色をしたものを身につけて
- ひしめいている : 大勢の人が行ったり来たりしている
- かくちゅう > 角柱 : 切り口が四角形の太い柱
- くるまざ > 車座 : みんなで円形になるように位置を決めて座ること
- うつむきかげんに > うつむき加減に : やや下を向いて
- せいざしている > 正座している : 床の上に行儀正しく膝をたてに折り曲げて座っている
- ろばた > 炉端 : 昔の日本家屋で、中心となる場所。火をたき料理や暖房をおこなう。
- しんと : 物音一つたてず
- いれい > 慰霊 : 死んだ人の霊を慰めること、死んだ人の想い出を新たにすること
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みちづれ(その3)
注;
- どら > 銅鑼 : たたいて船の出発を告げる大きな金属の板。
- ほたるのひかり > 蛍の光 : 別れの際に、日本全国で愛唱されている歌。
- みみをそばだてて > 耳をそばだてて : よく聞こえるように気持ちを集中させて
- どうぶるい > 胴震い : 船体が波やうねりによって振動すること
- きしむ > 軋む : 擦れ合ってキシキシ音を立てる
- うかしかけていたこしをおちつけた > 浮かしかけていた腰を落ち着けた : 立ち上がりかけていたが、再び座った
- しびれをきらして > 痺れを切らして : 待ちきれずに
- みじたく > 身支度 : 部屋の中から外に出るときの準備
- まどをこすった > 窓をこすった : 雪の降る外に比べ船室の中が暖かくガラスが曇っているので、外をよく見るために手でガラスをこすった
- しょうめいをおとした > 照明を落とした : 明かりを暗くした
- ほろう > 歩廊 : 船のデッキ、通路
- せんびへまわる > 船尾へ回る : 船の後ろの甲板部分へ進む
- ふみしめながら > 踏み締めながら : 滑らないようにしっかりと足を床や地面につけて
- てぶらになっていて > 手ぶらになっていて : (紙筒を海に流したので)何も手に持たないで
- かみをむいた > 紙をむいた : (花束に巻き付けてある)紙をはがした
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© 西田茂博 NISHIDA shigehiro
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