政治時評

杭州・西湖

法制度や行政によって社会に実現するべきだと思われる具体的方法

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ODA を廃止せよ

ODA (政府開発援助)は、金満日本にとって唯一、世界各国からありがたがられた国際貢献だった。資金不足やインフラ整備の必要に迫られた世界中の国々から、引きも切らず援助の要請が来た。

だがバブルがはじけたあとの日本経済の行き詰まりは、この大盤振る舞いを不可能にしつつある。だがかえってこのことは世界的な視野に立てば幸運なことなのだ。

インドの巨大ダム建設地での住民の強制立ち退き、台湾での原子力発電所の増設、ボルネオ島における森林の大規模開発、など世界中で日本の資金による大規模事業が進行中である。

政府による援助とは、官僚と専門家が計画を立ててゆく。したがって政府高官のような、現場の知識に疎いものが、そこに住む住民の利便を考えて計画が実行されることはまれである。ましてや綿密な住民意識調査などするはずがない。すべて政府上層部の意のままに工事が行われてゆく。

しかも工事にかかわる企業は、地元にお金をおとし雇用を確保する、その国の中小企業ではなく、日本のいわゆるゼネコンと呼ばれるグループが担当する。地元企業は安く買いたたかれた下請けの一部を担当するだけだ。

このような一方的な押しつけは、日本と援助される国の一握りの人間だけが潤い、住民は無視される。さらに悪いことには強制立ち退きや、公害が発生しても将来的な展望の押しつけで、我慢するように説得される。

巨大ダムや巨大発電所は、援助される国のような小規模な経済体制の中では負担が大きすぎ、投資の大部分が無駄になったり維持費がかさんで、完成後の運営が行き詰まってしまうものも少なくない。

だが官僚機構は一度動き出したら止まらない。計画が実行に移されるやいなや、それは完成に向かって何が起ころうとも暴走してゆく。それを止める力は住民側には十分備わっていないので、問題が無視されて巨大な建造物だけが各国にできあがってゆくことになる。

このようなシステムは日本国内における今までの地方自治体における土木工事とまったく同じパターンを取っていることがわかる。国内の場合には地方交付税という形の「援助」が国から地方に渡されているわけだ。

しかしこのシステムだけでなく、もっと大きな問題が ODA にはつきまとっている。それは住民の「自立性」の問題だ。援助は多くの場合、借款の形で行われ、直接借金を取り立てることがなくとも、見返りに日本製品をあとで買わせるというようなひも付きが多い。

だが、援助される側にしてみると、技術も資本もすべてあなた任せで、自分たちの力を発揮する場面が少しもない。ただ作ってもらうだけであればこれは単なる物乞いと変わらない。ただそれによって受ける恩恵が大きいので、どこの援助される国も喜んでそれを受け入れている。

援助される国々の多くは、歴史が浅く希望に燃えて誇り高いはずである。それらの国が、人からもらった金のおかげで潤うとすれば、これは独立や民主化のために払ったさまざまな犠牲の上に立つプライドを汚してしまうのではないか。

そもそも日本自身は明治維新以来、自力で産業を育成し、経済を発展させてきた。実は江戸時代には商工業者の間に多大な資本の蓄積があり、これが維新によって突然使い道が出てきたという経緯がある。だから富国強兵のかけ声は、政府が始めたにしても、民間は直ちにそれに応じることができたのだ。

その後の鉄道の敷設などに代表されるインフラ整備は、ヨーロッパから技師を招いて技術援助を受けつつ進めたが、どの分野でも一刻も早い国産化へまっしぐらに進んでいった。外国からの多大な借款を受けたという記録は、太平洋戦争による敗戦の復興の場合を除けば実に少ない。また、たとえ受けても直ちに返している(繰り上げ返済をした例もある!)。

このように日本自身は自律的な道を歩んできた。西洋から多くのものを取り入れてはきたが、自らの力でそれを消化し、国内の建設に生かした。だが、援助される国はそのような長くてつらい道を歩まずとも、もっと楽に国内整備を進められるようになってしまっている。

これは、苦労して大会社を築き上げた会社の社長が、自分の(馬鹿?)息子にはまったく苦労させずに大学に入れ、人生のスムースなコースを用意してやるのに似ている。このように一方的な援助は受け取る側からプライド、やる気、経験、自律的態度、冒険心や起業家精神などを奪ってしまう危険が大いにあるのだ。

自力で作ったわけではない、巨大ダムの完成のあかつきには、巨大な維持費と借金が残り、ダムが故障した場合には再び助けを求める羽目になる。人々はダムの利便を認めながらも、自分たちの民族としての誇りをそこから引き出すことはない。

いったん援助をしてもらうと、次に何をしてもらうか期待する癖がつく。結局そのような態度は少しも開発途上国の利益にならないばかりか、日本のような経済の発展の仕方を模倣させられてしまう。それぞれの国にはそれに見合った発展の仕方があるはずなのに、日本式経済機構の中に無理矢理はめ込まれてしまう。かくしてその国の首都には、日本企業の看板が林立し、日本製品の洪水が起こることになる。

かつて日本は、外国車に負けない国産車を作るのに必死だった。最初は名神高速道路を時速100キロで走れば、たちまちオーバーヒートしてしまう性能だったのに、それが国際水準をはるかに上回るまでになった。

今開発途上国で、純粋な国産車を作ろうという気概のある国がどれだけあるだろう?現在の国際経済の環境がそれを許さないということもあるが、何よりもまず援助依存体質が、投資依存と共にその国の自活力を奪っていることは確かだ。

ODA がなくとも開発途上各国は生き延びられる。時間はかかっても息の長い確実な発展ができる。かつて日本がそうだったように、技術顧問に来てもらうだけでよい。ブルドーザーもクレーンも、コンクリートもよこすな。

その点からすると援助は、NGO が最適である。それぞれ細分化された、庶民レベルでの積み上げがその国の確実な体制作りに役立つのだ。小さな保健所の建設、井戸掘り、衛生システムの整備、など有能なスタッフが二人か三人いれば、その村の生活水準を大幅に向上させることができる仕事はたくさんあるのだ。

幸いにして、日本の経済状況は行き詰まり、巨額の借金を自ら背負ってにっちもさっちもいかない状態になった。もはや ODA に多大な金をそそぎ入れる余裕はなくなった。この時点で援助の額を減らすことは、「援助慣れ」している国々からの尊敬を失うだろうが、新しい形の援助を始めるいいきっかけになるのではないか。

2001年3月初稿

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