文明時評

ライフスタイルに関わる、偏見と独断に満ちた考察

きつね

不安商売は花盛り

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「あなたの健康のツケが回ってくる」「血圧の高めの方に」「繊維が足りてません」等々。これがなんだかわかるだろうか。薬品会社の広告コピーである。豊かな社会の最高の贅沢は長生きをすることだ。それも体中に管を巻き付けられて生きる「スパゲッティ症候群」ではなく、元気に生きたいというのがみんなの願いだ。

だが、ストレス社会と、若い頃の不摂生により、たいていの人には健康生活を続ける自信はない。そこで現れたのが健康産業である。だがもちろん産業であるから、究極的な目的は、金儲けである。もちろん、同時に自分たちの掲げる目標がいくらかでも達成できればそれにこしたことはないが。

薬品メーカーは、人々の健康願望の裏に潜む奥深い不安感に目を付けた。医学が発達し、この知識が雑誌やテレビなどを通じて一般人の間に広まるにつれ、人々はいっぱしの知識を身につけるようになったが、全体を見通すような体系だったものでないため、そのときに流されるさまざまなニュースに一喜一憂する。

たとえばビタミンCは風邪に効くだけでなく、血管系にも優れた効果を及ぼすと聞けば、直ちに自分のビタミンC摂取量が足りないのではないかと不安になり、翌日からサラダを山羊のように食べ始める。これで一応は不安が取り除かれるだろうが、この先次々と新しい情報が舞い込むものだから、人々は大忙しだ。

このように、いったん健康不安に駆られると、自分のいる位置が客観的につかめず、狭い視野の中でもがくことになるのだが、それが本人に自覚されることは滅多になく、ますますマスメディアによって操られる格好の餌となる。

健康産業、特に薬品会社は、この人々が健康のためには出費を惜しまないことに目を付け、それに対する商業戦略を開始した。かつては、怪しげな「香具師」たる者が人々の生活圏に時々現れては、少しずつ人々の財布からくすねていたが、今日では法律には違反しない行為が堂々とまかり通るようになった。

通勤電車の広告を見てみよう。「あなたは中性脂肪がたまっています」これを見れば宴会続きのサラリーマンは震え上がる。もうじき健康診断だ。確か前回医者に警告されたっけ。何とか減らす方法はないものかしら。この薬を買ってみようか・・・

自分の生活習慣や怠惰はそのままにしておいて、売薬によって手っ取り早く直せるものなら直そうという考えが彼、または彼女の頭をよぎる。このシステムが、全国的に機能して、製薬会社は多大な売り上げを記録するのだ。

もちろん薬学的には、このような薬は医者の処方によるものではないから、本当に効き目が期待できるのは、飲んだ人の1割もいないだろうが、ここでは心理的な恩恵がある。つまりえもいわれぬ不安からの一時的解放である。

医学の発達は、かつてのように自分が結核に代表される病気になって死ぬというような諦観を払拭してしまった。これが人々にもっと生きられると言う過大な期待を抱かせ、ほとんど欲望と言っていいほどまでに肥大した。だが実際には自分の身の回りには成人病などで倒れる人が後を絶たず、自分がいつその犠牲者になるか、漠然とした不安が常にある。

諦観のない不安ほど始末に悪いものはない。しかも金がすべてという風潮にのっかって、何か「薬」があれがすべて解決するかのような錯覚にとらわれているから、薬を買って済ませるという行動で、一応自分の心的矛盾を解決したつもりになるのだ。

21世紀最大の企業は、自動車でもなければ、航空産業でもない。人々の内的脆弱さにつけ込んだ、健康産業であることには間違いない。しかも人々は、なぜかマスコミなどで流される情報には嘘がないと信じたがるものだから、彼らへの操作は実に簡単である。

情報が一人一人に行き渡らなかった過去と比べて、今のように一気に無数の人々に情報を伝える時代ではむしろかえって人々の操作に対する抵抗力は弱まってしまっている。

我々はまず、そのような操作を見破り、自分にとって必要なものは何かを的確に見分けられるように、常に監視を怠ることはできないのだ。

2003年7月初稿

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