わたしの本箱

コメント集(26)

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  1. ロレンスになれなかった男
  2. 戸籍アパルトヘイト国家・中国の崩壊
  3. 山谷でホスピスやってます
  4. 田中角栄 最後の激闘
  5. 実録:田中角栄(上)
  6. 実録:田中角栄(下)
  7. つばめが一羽でプランタン?
  8. 田中角栄の「戦争と平和」
  9. <猿の惑星>隠された真実
  10. 怠惰への讃歌
  11. 繁 栄
  12. アメリカ合州国
  13. 新・アメリカ合州国
  14. 新大久保
  15. ロンドン・ペストの恐怖
  16. 人生についての断章
  17. アラン幸福論
  18. 経済は地理から学べ
  19. 経済は世界史から学べ
  20. シブヤで目覚めて
  21. 第三帝国
  22. 不寛容論
  23. 「米中経済戦争」の内実を読み解く
  24. パリ2000年の歴史を歩く
  25. フランス史10講
  26. フランス革命の肖像
  27. 堕 落 論
  28. 狂ったサル
  29. アメリカのベジタリアンはなぜ太っているのか?
  30. ひとりで死んでも孤独じゃない
  31. 日本より幸せなアメリカの下流老人
  32. フランスの歴史を知るための50章
  33. 私たちの真実
  34. 重力の帝国
  35. ホモ・デウス

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ロレンスになれなかった男 * 小倉孝保(タカヤス) * 角川書店 * 2020/08/07

ついこの前まで、日本にもけた外れの大物がいた。岡本秀樹は国士舘大学を出た後、アラブに指導員としてわたり、そこでその地域での空手の普及に大活躍をしたのであるが、それだけではない。大勢の弟子を獲得したのだが、そこには政治家や軍人もいた。そのつながりを使って自分の行動を広げていく。

ビジネスの世界ではスーパーを経営し、密輸にも絡み、政治の世界では当時の権力者と知り合い、そこから大きな動きを引き出したこともあった。しかし次第に運が向かなくなり、彼の大きな賭けは次々と失敗に終わったのであるがそこに残した足跡は人間の持つ面白さを存分に教えてくれる。

アラビアのロレンスはイギリス人で、アラブ人のために多くのことを行ったが、結局失望して故国に帰ってしまった。だが、岡本は日本を忘れるほど、アラブの地とそこに住む人々が本当に好きだったらしい。

中東での知り合いができて、その人から「原爆を投下した国と仲良くしているなんて、日本人ていうのは変わっているね」と言われたというくだりがある。

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 * 堀田善衛/小山いと子/川崎長太郎 * 百年文庫94 *ポプラ社 * 2020/08/09

鶴のいた庭 ・・・能登半島の先端は、かつて北回りの回線が立ち寄った港だった。庭にいる鶴の世話が唯一の仕事になっている自分の曽祖父までは北から南からの船が行き来して、さまざまな品物が運ばれたり、大勢の船員が泊まる大きな家があったり、にぎやかなものだった。

石段 ・・・佐渡を旅行した時、びっこの男とその娘と息子と道中道連れになった。始めはその男のことが気に入らなかったが、実は妻に逃げられたのであり、バスツアーの途中で、男女の仲を取り持つ神様に必死で石段を登ってお参りしようとする姿を見てほろりとする。

兄の立場 ・・・魚屋を営む小田原の実家を飛び出した著者は東京に出て文学活動の中に生活を求めるが、あとに残してきた弟のことが気になってしょうがない。自分と同じように好きなことをして生きてほしいと思うが、弟も両親もそんな声には耳を傾けず兄の立場は無視されたままだ。

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戸籍アパルトヘイト国家・中国の崩壊 2020/08/15

著者は中国で農業を研究し、公的な機関のみならず、自分のところに来た留学生の教え子のつてで農村地帯を観察する機会を得たため、都市の政治体制しか情報として入ってこない中で、新しい事実を明らかにする。

それは中国の国民は「都市戸籍」と「農民戸籍」とにはっきり分かれており、それはかつての日本の士農工商のように、厳然たる区別がなされているということだ。現在の経済成長は、その恩恵が都市住民にだけ行き、農民は地元にとどまるか、食い詰めて都会に出て、低賃金労働に従事するというひどい差別が行われているという。

外国人はその区別に気が付かないが、中国人たちは、はっきりとした社会階級のようなものを作っている。実際に留学生としてやってくるような、外国へ行く金のある人はまずほとんど都市階級の人間だとみてよい。今後、中国の経済が傾き、それを今の独裁制の下で解決しようとすると、それは社会の中に軋轢を生じ、それが将来的には国家の崩壊につながるかもしれないのだ。

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 * コリンズ/アラルコン/リール * 百年文庫93 *ポプラ社 * 2020/08/17

黒い小屋 ・・・荒野の一軒家で父親と二人で暮らす若い娘が、父親の留守中強盗に入られそうになる。彼女は必死に抵抗し、友人から預かった金や母親の形見を持って、何とか近隣の農場にたどり着き助けを求めた。その勇敢な行動に農場の長男は感銘し、二人は結婚することになった。禍を転じて福と為す!

割符帳 ・・・南瓜を自分の娘のように大切に育てた老農夫が出荷前日に泥棒にとられてしまう。近隣の町の八百屋で盗まれた南瓜を発見した農夫は、引きちぎられた南瓜のツルを持参していて切り口が”割符帳”のように盗品とぴったり合い、見事自分が被害者であることを証明し泥棒をとっちめる。

神様、お慈悲を! ・・・ドイツの大聖堂で長年、本職の乞食をやっていたハンスは、ファイトという若い乞食を自分の後継者として期待を寄せる。だが宗教改革やペスト流行の波にのまれ、ファイトは乞食を廃業してしまう。乞食にをなつかしく思ううち、ハンスが死んだことを知るが彼から思いがけない遺産が贈られる。

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山谷でホスピスやってます * 山本雅基 * 実業之日本社 JIPPI Compact * 2020/08/22

山田洋次監督の「おとうと」という映画が作られる際、この本がシナリオに使われた。2001年にドヤ街のある山谷地区にホスピス「きぼうのいえ」が建てられた。施設長である著者は看護師の妻とともに、そして数え切れない支援者によって現在に至る。

この世の中には、このような人々がいるのだ。ホスピスは病気の末期を迎え、病院での治療をやめて安らかに死と直面する施設であるが、ここ山谷では人生の波にのまれ、生活保護を受けるしかなくなった人々のために作られた。

ここでは入居者が、初めて人間として扱われ、心を新たにしてあの世への準備ができるだけでなく、スタッフやボランティアが多くの人々を看取る際に、人生におけるとても大切なことを学ぶ場でもある。

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 * 深沢七郎/島尾ミホ/色川式大 * 百年文庫92 *ポプラ社 * 2020/08/25

おくま嘘歌 ・・・おくまばあさんは、家族に恵まれた人だったが、大変気を使う人で、嫁にも孫にも娘にもいやな思いをさせぬように、絶えず考えているのだった。年を取って体が動かなくなっても嘘までついてまわりの人を心配させぬようとしていた。

洗骨 ・・・南の島で家族が何代も葬られている家で、洗骨のときがやってきた。墓から掘り起こし、きれいに洗って再び葬る改葬の儀式が行われ、代々の命がつながっていることが確認される。

連笑 ・・・6歳離れた弟が交通事故に遭い、私はしばらく一緒に暮らすことにした。小さいころには浅草を連れ歩いたものだったが、それぞれが大人になり、自分はばくちで身を立てる放浪者、弟は会社勤めのまじめな人生を生きてきて、大きな隔たりができていながらも、この短い滞在で何かつながりが感じられるのだった。

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田中角栄 最後の激闘 * 大下英治 * さくら舎 * 2020/09/06

田中角栄がロッキード事件事件の被告人となり、その一方で、“闇将軍”として中曽根内閣の背後にいた、晩年を描く。角栄はいつか総理に返り咲く希望を持っていたのか、自分の後継者を明確にせず、その一方で自民党のうしろで糸を引く状態が続いていた。(有能なナンバー2は必ず、権力を独占したいナンバー1によって駆逐される!)

だが、竹下とそれを支える金丸はなんとかして田中派の総裁をものにしようと、幹事長の二階堂を差し置いて、自分たちの勢力を固めることを考えていた。その矢先、角栄が脳梗塞で倒れる。角栄とはあまりいい関係でなかった竹下、これを利用して一気に「創成会」をつくり会員集めに必死になる。

それを阻止しようと二階堂はあらゆる手を打つが、自らがすでに高齢なことと、時代の流れは世代交代を求めていたこともあって、田中派の大部分を竹下にとられてしまう。そして中曽根首相は竹下を後継者に指名し、竹下は自分だけの会派を作り、田中の政治支配は完全に終わったのであった。

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 * 木山捷平(ショウヘイ)/新見南吉/中村地平 * 百年文庫91 *ポプラ社 * 2020/09/10

耳かき抄 ・・・戦後、備中にある自分の実家に戻った私は、飲み屋に通って酒を楽しんだり、付近の奇妙な噂話をきいたり、耳かきになって妻の耳の中に入るなど、夢の世界をさまよう。

 ・・・ 私がいた知多半島の田舎の小学校に、都会から転校生がやってきた。どんな人間なのか好奇心旺盛な目で見ていると、どうも嘘つきというか、ほら吹きというか、そんな性格が見えてきた。ある日彼の提案で、仲間たちは遠くの海岸まで言ったのだが…

南方郵信 ・・・日向の国にある、小さな港は上方から年に数回船が行き来していた。そこに住む、旦那さま、息子、おじいさん、近所の若い女などが農場で働き、さまざまな事件が起こる。

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 * 五味康祐(ヤススケ)/岡本綺堂(キドウ)/泉鏡花 * 百年文庫90 *ポプラ社 * 2020/09/

喪神 ・・・豊臣秀次も師事したと言われている剣術家、幻雲斎は得体の知れない技を持っており、多くの挑戦者を斬ったが、その一人の息子が仇を討とうとやって来るが、逆に弟子にしてもらいそこに数年住み込む。だが、師の技をいつの間にか会得し、修行のため世間に出ていく日が来たのだが…

 ・・・ 友人の家にある兜は、江戸幕府末期から不思議な変転を経験し、戊辰戦争や関東大震災などの中をくぐりぬけ、古道具屋を次から次へと渡り歩き、目の下に痣のある謎の女が絡んで、現代に至っている。

眉かくしの霊 ・・・ 私の友人の境という男が木曾の深山幽谷にある温泉宿に泊まった。ツグミに舌つづみをうち、それがきっかけで親しくなった料理番から、地元であった姦通事件と、それによって殺された美しい女が、眉を剃った姿で、宿の池周辺をさまよっていることを知る。

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実録:田中角栄(上) * 大下英治 * 朝日文庫 お75-2 * 2020/10/03

池田勇人、佐藤栄作と続く総理大臣は、次にだれがなるか?福田赳夫が有力視されていたものの、小学校からのたたき上げで土建会社をもとに財力を増し、ついには政界の彗星となった田中角栄がその器の大きさと人間的魅力を武器についに内閣を率いることになる。

だが、日中国交回復によって大きな得点を挙げたのもつかの間、石油ショックと「日本列島改造論」の引き起こした地価高騰は、選挙での敗北となり、田中を窮地に追いやる。しかも福田と三木が反旗を翻し、彼の内閣は短命に終わるのではないかと思われてきた。

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 * 北條誠/久保田万太郎/佐多稲子 * 百年文庫89 * ポプラ社 * 2020/10/06

舞扇 ・・・・・・品川にある、昔から続く老舗の海苔屋で、旦那は女遊びで身を持ち崩し、商売は年老いた番頭に任せてあるが、競争相手の増加や時代の変化による顧客のし好の移り変わりなどにより、いよいよこの店も先が見えてきた。

きのうの今日 ・・・ ・・・ ある酒場。老給仕が定年で辞める。事務局長がやはり定年で辞める。そしてもう一人のまじめな事務の担当者が交通事故で死んだ。お得意の一人が、立て続けにこの店の落日を目撃する。

レストラン洛陽 ・・・ ・・・ 関東大震災後にできた浅草のカフェ、洛陽は最初は繁盛したものの、次第に人気は衰え、同業者の閉店も相次ぐ中、21人いた女給たちも、年老いたり、自殺したり、病気になったり、家庭生活に戻ったりと、次第にその数を減らしていくのだった。

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実録:田中角栄(下) * 大下英治 * 朝日文庫 お75-3 * 2020/10/22

角栄の率いる内閣は、金権体質をマスコミに叩かれ、総辞職することになった。しかしさらに大きなブローがやってきた。ロッキード事件である。外国人の発言を証拠資料とする検察側の強硬手段によって、角栄の逮捕は目前であった。

政治の表舞台から去った角栄はロッキード事件での無罪判決を得るまで“闇将軍”となる。自らの派閥からではなくほかの派閥から選んだ人物を総理にたて、自分がいつか返り咲く日まで背後から影響力を及ぼすことにしたのだ。

だが、自派の中での特に若手グループの間で不満が高まり、金丸、竹下を中心に創成会が結成され、自分たちで田中の“後継者”を作ってしまう。その計画に気付いた角栄は心労と周りからの圧力でついに倒れてしまう。そして脳梗塞で体が不自由なままこの世を去る。

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つばめが一羽でプランタン? * 飛幡祐規(タカハタユウキ) * 白水社 * 2020/11/05

フランスでの実際の生活体験をもとに、フランス人の気質、社会の風潮、政治などについて、珍しいイディオム表現を交えながら話を進めていく。ただしこの本の発行は2002年、つまり18年前である。

18年前と現在のフランスを見比べると興味深い。性差別の撤廃、妊娠中絶の緩和、新しい家族制度など、世界の国々が抵抗を示す変革をずっと前から始めていたフランスは、そのような変化を“卒業”して新しい段階に入っていることがわかる。つまり社会変革については世界の先頭を行っているのだ。

現在そのような変革どころか、先の見えない未来に怯えて、(超)保守派が大勢を占めて時代を逆戻りをする国々が続出する中、常に進歩的な姿勢で前を向いて進むことがいかに難しいかを思い知らされる。

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田中角栄の「戦争と平和」 * 別冊宝島編集部 * 宝島社 * 2020/11/23

大下英治の一連の著作とは異なり、編集部の複数の人間がまとめたもの。全部で50のテーマに分かれており、それぞれのテーマは2ページないしは3ページである。

ロッキード事件や自民党内での勢力争いの話とは異なり、日中国交正常化や旧ソ連、韓国との関係について多くが語られている。少年時代から戦後に初めて政治家として立候補する過程をはじめとして、政治家としてのスケールや人間性を示すような証言が集められている。

現在のように右翼が跋扈する自民党から見ると、ずっとリベラルで左よりだったことがわかり、憲法の改正についても、変える気持ちはないという態度であった。戦争を知っている世代が政治の中心であった当時と引き比べ、戦争を知らない世代が中心となっている現代は、最も警戒しなければならないというのが、角栄の残した言葉だった。

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<猿の惑星>隠された真実 * Planet of the Apes as American Myth by Eric Greene * 尾之上浩司・本間有 訳 * 扶桑社 * 2020/12/14

最初の映画、「猿の惑星」は映画史上に残る傑作だった。その土台になったフランス人作家ピエール・ブールの原作も大変独創的だった。だが、映画界の常識ともいえる、その続編はいただけない。4つも作られたが、どれもパッとしなかった。

それなのにこの本の著者はすべてを大真面目に研究し、その中にアメリカ社会に潜む人種問題の葛藤が含まれていると主張し、その証拠をこれらの作品のあらゆるところから探し出してきて証明、説明しようとしている。

さらにテレビシリーズになったもの、コミックになったもの、これらはやはりこの映画が社会全体のブームになったこともあり、これほどの副産物を作り出したわけだが、それらすべてに考察を加えている。だが、最初の作品以外、これといった重要性のある者はなかった。

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怠惰への讃歌 * In Praise of Idleness by Bertrandde Russell * 堀秀彦・柿村峻 訳 * 平凡社ライブラリー * 2021/01/04

この本は年が変わってその冒頭に読むのにふさわしい。書かれた時期が1920年代であることを考えると、すでにその100年後を見通している明晰さに気づかされる。というよりもどんなに時間がたっても不変の人間の性質をあらかじめ見通していると言ったほうがいいのかもしれない。

”怠惰”は日本語で言い換えるとするならば“ゆとり”といったほうがいいのだろうが、社会におけるあくなき利益追求の流れと、それに引きずられ抵抗することのできない“現代奴隷”がゆっくり自分たちの道筋を考えてより豊かな生活を作り上げようという気分がすっかり奪われていることを思い知らされてしまうのだ。

せっかく経済や技術が進歩したのに、人々はそれによって生活が向上するどころか、相変わらず馬車馬のように朝から晩まで働くという、まったく逆説的な世界が展開していることをラッセルは鋭く指摘していたのだ。(この本にはほかのタイトルの興味深いエッセイが14勝含まれている)

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繫 栄(上・下) * The Rational Optimist by Matt Ridley * 大田直子/鍛原多恵子/柴田裕之 訳 * 早川書房 * 2021/01/25

人類の繫栄は、交易による品物交換やイノベーションの伝播により実現した。この本は歴史書として面白い。人類10万年史と銘打って、いかにほかの種と違って、個体によらず集団の間に蓄積された知識や知性が、その後の繁栄に役立ったかを説得力ある筆致で描いている。

ただ残念なことに、この本は預言書ではない。確かに著者ははっきりした「合理的楽観主義者」なのであるが、いかんせん出版されたのが2010年なのである。わずか10年のあいだに、人類の進先は大きく変わってしまい、この本がいかにも古臭い考えに基づいていることを感じさせられる。

この本が書かれた時点では、まだコロナの大流行はもちろんのこと、東日本大震災や、それに伴う原発事故とのことはまだ知られていないわけだ。多少とも”不合理”であっても悲観論者でいたほうがもっと長持ちする視点を展開できたかもしれない。いかんせん人類は”万物の霊長”ではないのである。

さらに忘れていけないことは”繫栄“は“衰退・滅亡”とセットになっており、紙の裏表の関係にあるということだ。繫栄に浮かれている間にほろんだ国々や文明は無数にあるが、どれ一つとしてこの一大法則を免れたものはいない。熱力学の第二法則と同じである。

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アメリカ合州国 * 本多勝一 * 朝日新聞社 * 2021/02/04

1970年にこの本は出版された。この本を読んでから50年たって、なぜ再び読もうとしたのか?すでにこの本は図書館によって処分されることはなくとも、一般書棚から取り除けられ、書庫に入っていた。巻末のページには、まだデジタル化の進んでいない時代を示す「貸出期間票」には借り出しの期日のスタンプが無数に押してある。

言うまでもなく、これはトランプ時代が終わりを告げた今、その支持者たちが多く住むアメリカ南部の、彼らの“祖父たち、祖母たち”の状況を確かめたかったからだ。南北戦争が終わって第2次世界大戦が終わって”無法と暴力が当たり前のこの地域を再確認したかったからだ。

結果は予想通りだった。だれでも Black Lives Matter のスローガンはまだ耳に新しいが、結局のところ、50年前と何も変わっておらず、親は子に代々、この無法と暴力を伝え続けたに過ぎないことだった。そしてまた、トランプの獲得票の数が、バイデンよりわずかに少ないことで分かる通り、合衆国のほぼ半分はこのような人間によって占められているということだ。

我々は歴史の教訓から学ばなければならないとよく言われるが、いつまでたっても続くものもある。実は人々の社会的、政治的志向というのはこれほどまでに不変なのだ。特にそこに住む人々が閉鎖された狭い空間に暮らす場合には、どんなに教育がなされようとそのコミュニティがある限り、変わることはない。

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新・アメリカ合州国 * 本多勝一 * 朝日文庫 * 2021/02/11

「アメリカ合州国」から、32年後、著者は再び合衆国を訪れその変化について調査する。ハーレムはきれいにはなったが外部の資本が流入し、南部はあからさまな差別や暴力行為は減ったものの、依然として差別に基づく「生活圏の分離」などが幅を利かせている。

さすがに野蛮国ではなくなったものの、ラテンアメリカ諸国とも比べてもひどい人種差別が依然として残っていることが明らかになった。そしてそれから20年後の今日、トランプの支持者に代表される人々は、半世紀前と何も変わっていない。

人類には進歩というものがないのだ。歴史に学ぶこともなければ、きちんと歴史を伝えようともしないし、戦争でいかに悲惨な結果を産んでもそれをしっかり伝わっていない人々は戦争を改めて美化し、再び争いにのめりこむ。

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新大久保 * 室橋裕和 * 辰巳出版 * 2021/02/22

山手線の新宿駅の隣の駅、新大久保にまつわるルポ。著者はこの町に住居を借り、何年にもわたって住み続けてそのルポを書き上げた。日本は、同一性の強い国として知られ、まわりの人間と異なっていることを避ける傾向にある。それはひとえにそれまで外国人との直接の付き合いが非常に少なかったせいだ。

ところがこの町は、外国人によって、新しい共生の生き方がはじまり、それは全国でもユニークな場所になりつつある。国際性についてまだまだ日本は十分な受け入れ態勢ができていないけれども、ここを中心にして新しい外国人との付き合い方が始まっていくかもしれない。

この町、新大久保近辺は、鉄道の駅が5つもあって交通には極めて便利であるが、ごく日本的な商店街の中に、まずはコリアン・タウンができて、中国人も集まり、そして東日本大震災のあとでは他の東南アジア諸国の人々が住み着き始めた。

そこはさながら、日本の中の外国であり、出島であるのだ。ひっきりなしに人々が流入し、そして出ていく。そこに住む外国人のための商店や施設ができてまとまったコミュニティができあがってきた。今はコロナのせいで、息をひそめているが、いずれはかつてのような賑わいを取り戻す若い町として発展するだろう。

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ロンドン・ペストの恐怖 * Daniel Defoe * 栗本慎一郎・訳 * 小学館地球人ライブラリー * 2021/02/25

あの「ロビンソン・クルーソー」の著者が1722年に出版したもの。これは彼自身の体験ではなく、自分の伯父やさまざまな人々への取材によって出来上がった1665年のロンドンにおけるペストの大流行のことを半分フィクション風に、半分ドキュメンタリー風に描いた作品だ。

300年前に書かれたのであり、当時はまだペストがネズミによるものだとか、ペスト菌の正体というような医学的知識は皆無であった。にもかかわらず、その知見とバランスの取れた社会への見方には全く驚嘆させられる。

彼のまとめた、感染を避け予防する方法については、今回のコロナの場合とまるでそっくりなのだ。ジャーナリストとしてのデフォーの目の確かさは、巷に流れた様々なうわさ、統計、政治家たちのとった政策などをきちんと切り分け、今の時代に読んでも少しも古さを感じさせることはない。

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人生についての断章 Mortals and others * Bertrand Russell * 中野好之・太田喜一郎 訳 * みすず書房 * 2021/03/14

「怠惰への讃歌」に続きラッセルの随筆集を読む。直訳すれば「死せる運命にある人間たちやその他の者たち」となろうか。どう考えても日本の読者には受け入れがたいタイトルだ。1931年から1933年にかけてアメリカの新聞に連載されたものだ。世界大恐慌の発生が1029年だから、すでに経済的混乱が、欧米で広がっていた時である。一つ一つが3ページ未満の78編のエッセイからなっている。

現代の情勢にかんがみ、新奇な理論や仮説を掲げる著者たちは多いが、どんなに評判がよくてもいずれは数年たつとまた新しい考えに飛びつきたくなる気を起こさせるほど、陳腐化が速い。ましてや大恐慌のさなかのように、まるで先が見えない状態の中でこれからの道筋を自信をもって述べられるものはまるで見あたらない。

ところが、世界的な哲学者であるにもかかわらず、その文体の軽やかさと、ユーモアにあふれた内容は、普通のエッセイストに引けを取らない。それどころか次々と読者をひきつける題材を提供してくれる。

しかし何といっても、書かれてからすでに百年近い時間がたっているというのに、内容はまるで古びていない。彼の文章は預言者のそれではない。誰でもが納得のいく論理の展開だけで名で成り立つ構造になっているのだ。

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アラン幸福論 Propos sur le bonheur * Emile-Auguste Chartier (Alain) * 宗左近・訳 *中公クラシックス * 2021/03/26

ラッセル、ヒルティと並んで三大幸福論と呼ばれるものの一つ。アランについてはフランス語の教科書の中で、本書の第52章にあたる「旅行」の文章が取り上げてあったことによる。そこでは旅において最も重要なのは”細部”であり、ツアーで沢山見てやろうと、猛烈な速度で観光地から観光地へ突進するようなことをいさめている。

アランの幸福論のもっとも大切な点は“行動“であろう。じっとしていたのでは幸福も不幸も何も起こらない。そして受け身的な生き方も何も生み出さない。現代人が、金さえ出せば何でもやってもらえる状態に陥り、幸福とは到底呼べないことをすでに先取りして述べている。

哲学体系ではなく、実際の生活で目につくいくつかのものに注目すると、「祈り」があげられる。宗教に興味のない現代人が祈りのもたらす心の安定にはとても気づかないだろう。もう一つは「数珠」。これまた気持ちを整理するのに大変役立つ。そして文中で繰り返し話題に出るのが「体操」である。座りっぱなしの生活が精神的な不毛をもたらすことは誰でもすでに気づいているはずだ。ちょっと体を動かすだけで新しいものの見方が開けたりするのだ。

アランの立ち位置は常に”現在”である。過去にこだわることはない。また未来にあてにならない希望や期待を置くこともない。常に現在と対峙し書き分けかき分けおし進んでいくのが幸福の秘訣だと述べている。

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経済は地理から学べ * 宮路秀作 * ダイアモンド社 * 2021/05/25

参考資料。予備校講師が書いた地理学の啓もう書。とかく欧米の経済大国の描写になりがちな経済学の流れを、地理学の立場から見つめなおすと、さまざまなものが見えてくる。地理とは、それぞれの国や地域の産業の“土台”となるものである。

具体的な例をあげれば、ヨーロッパを流れる、ライン川とドナウ川。この二つを結ぶ運河が作られたおかげで北海方面と黒海方面が結ばれ、新たな輸送ルートが作られた。また、アンカレジ空港の存在は、冷戦時代の中継基地の役割を終えた後、北極点に近いということから、現在では北半球のハブ空港になっている。

地理は、学校時代においては“暗記科目”という名前で軽視され、歴史以上に、不当な位置に置かれていた。だが、歴史・地理という科目は、物事をより広い視野で見るためには絶対欠かせないものなのだ。ジュールベルヌの「十五少年漂流記」でも少年たちの“自主的”学習ではこの二つが最も高い位置に置かれていた。

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経済は世界史から学べ * 茂木誠 * ダイヤモンド社 * 2021/05/31

参考資料。予備校講師が書いた同じく歴史の啓もう書。多くの高校生は世界史や日本史を学んだといっても、断片的な多数の事実を頭の中に詰め込んでいるだけで、それらの関連性も、現代におけるつながりもほとんど見いだせないことが多い。これはまさに受験準備の残した弊害であるが、そういったまま大人になった人のために書かれたと言っていいだろう。

貯金通帳も、借金の利子もすべて起源がある。それなりの必要に応じて発明されたものだ。これらがいかに生まれたかを経済という面から解き明かしていくのがこの本である。豊富な日本史や世界史の知識を持っている人も自分の知識がいかに体系づけられていないかを知るだろう。きちんと整理されておらず、全体を眺めることができないような知識は、何の役にも立たないことは誰でも知っていることである。

私自身もこの本を読む前からすでに知っていたことは沢山あった。だが、それが関連付けられず、単なる“クイズに強い“知識にすぎなかったことを痛感させられた。角度を変えて物事を見ること、遠くから鳥瞰的に見ることがいかに大切なことか、これを高校生の時に知っていたら、どんなにそのあとが違っていただろうか?

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 * メルヴィル/トラークル/H.ジェイムズ * 百年文庫80 * ポプラ社 * 2021/06/09

バイオリン弾き ・・・・・・散々不評を買って落ち込んでいる詩人が、友人を介して、バイオリン弾きに出会う。その男は若いころ大変有名であったが、今ではすっかり落ちぶれていても、少しもそのことを気にかけることなく陽気に毎日を送っている。詩人はすっかり感心してバイオリンを習いに行こうとする。

夢の国 ・・・ ・・・ 僕がまだ幼かったころ、叔父の娘マリアは病に臥せっていた。僕はマリアを元気づけようと、バラの花を持ってきてあげたり、ほのかな慕情を抱いたりした。マリアの死後、僕は都会に出たが今でもあの頃が素晴らしい思い出になっている。

にぎやかな街角 ・・・ ・・・ 男はニューヨークに生まれ、素敵なアパートを所有しながら、若いころはヨーロッパや世界各地に放浪したが、初老になってこの町に戻ってくる気になった。そして自分の聞き手になってくれる女性に、今の思いを吐露する。アパートには幽霊が出ると言われていたが、敢えて深夜や早朝に出かけて行って、過去の亡霊(自分の分身?)と対決を試みる。亡霊を見た彼は失神するが、目覚めると自分を思ってくれるその女性に抱かれていた。

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シブヤで目覚めて * Anna Cima * 阿部賢一/須藤輝彦・訳 * 河出書房新社 * 2021/06/14

ヤナはチェコの大学で日本文学を学ぶ大学院生。博士論文を書くための準備をしていたところ、日本では無名の作家、“川下清丸”に興味を持つ。だが、プラハは東京からあまりに遠く、彼についての資料を探すのは困難を極める。それでも短編“恋人”を手に入れて翻訳にとりかかる。

同級生のクリーマという青年の助力も得て、次第に資料は増えていく。ある年、ヤナは友人とともに東京に観光旅行をした。ところが迷子になってしまい、彼女の日本にいたいという”想い”だけが渋谷のハチ公のあたりに取り残されてしまった。地下に閉じ込められた青年を救い出したり、日本語を勉強したりして、7年間が過ぎていく。

一方、プラハに戻った本人は、勉強と調査に精進し、クリーマに恋されるが彼の日本への留学が決まり、あえなく失恋する。だが日本人の友人の兄、窓を撮り続ける写真家アキラをプラハのいろいろな場所に案内したりする。

kシブヤにいた”幽霊”のヤナは早稲田大学に留学していたクリーマと再会する。そして地下で閉じ込められていた青年であると判明したアキラとも再会する。プラハでのヤナの研究の進行状況を聞いた彼女は、川下の郷里である川越市を訪れる。川下の未亡人はまだ生きていたのだ。

川下の“恋人”には、自分たちの家族の病的な愛憎が秘められていた。クリーマとアキラの協力を得て、ヤナは老人ホームに潜入し、未亡人と出会うが、川下の昔の女だと勘違いされたヤナは驚くべきものを手渡されるのだった。チェコの作家による、きわめて異色な長編小説。

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第三帝国 Das Drittereich * Ulrich Herbert * 小野寺拓也・訳 * 角川新書 * 2021/06/23

ナチスの歴史についての本は、多数あるが、学校で教わった断片知識ではなく、改めて全体像を見なおすには、うまくまとめられた小著が適している。しかもそこからさらに詳しく勉強を広げるための出発点になるものが望ましい。それが本著である。

「歴史は繰り返す」の通り、ファシズムも例外なくその後の世界で、同じことが起こっている。ただ“国際世論”のおかげで彼らのどう猛さや残酷さが、少々手加減されているだけだ。例えばこの本の「ヒトラー」を「習近平」や「プーチン」と置き換えても、そのまま別の歴史書ができてしまいそうだと思うのは言い過ぎだろうか?

この本で特に興味深いのは「独裁体制」というのが、単に権力者が圧倒的影響力を国民に及ぼただけではなく、国民の間にやむにやまれぬ協力関係を生じた場合も含まれるという点だ。国民の多くがその独裁者を尊敬し、運命を共にしてもいいという気持ちになっていたということは、世界中の独裁国家にも言えることではないだろうか。

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目からウロコのなるほど地理講義(地誌編) * 宮路秀作 * Gakken * 2021/07/11

参考資料

目からウロコのなるほど地理講義(系統地理編) * 宮路秀作 * Gakken * 2021/07/20

参考資料

不寛容論 * 森本あんり * 新潮選書 * 2021/08/20

往年の名画に「イントレランス(Intolerance)」というのがある。映画が発明されて間もないころに、この作品が作られたのは実に驚嘆するべきことだ。世界中で交易や布教伝道が盛んになり、これまであまり行き来のなかった人々が出会うようになると、当然反目や軋轢が生じる。これまで絶対的な価値を信じていた人々、つまり宗教間の対立もますます深刻さを増した。

アメリカ入植当時のピルグリムたちは、そんな対立を避けて新大陸へ渡ったのだが、移民が次々と押し寄せるにつれて、自分たちの宗教を守ることによってしか植民地を維持できないと悟った彼らは、いきおい異なる宗教、宗派をいだく人々を排斥、迫害することになった。マサチューセッツにおいて、それに異議を唱えたのが、その南にロードアイランド州の基礎を築いたロジャー.・ウィリアムズである。

彼が普通のイギリスからの移民と根本的に違う点は、アメリカ原住民と信頼関係を築き、彼らの土地を力づくで奪うのではなく、購入したということである。そして彼らとの交遊の間に、政治と宗教を分離することの重要性をますます認識していったことである。

寛容とは好きな対象に対してはありえず、自分とは異なるかまたは気に入らない対象に対して向けられるものだ。同類同士で暮らしている分には、寛容や不寛容は起こりえない。だが、アメリカが原住民や他国の移民たちで混合して生きていかなければならないとなれば、それは極めて重大な問題であったのだ。

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「米中経済戦争」の内実を読み解く * 津上俊哉 * PHP新書1105 * 2021/08/27

内実といっても実に難しい。しかもこの本は2017年7月に出版されたものだ。まだトランプ大統領が当選間もない時であり、ましてや世界中にコロナが蔓延するずっと前の話である。それでも現在の状況を理解するには、ほんの4年ほど前の状況を十分に知っておくほうがよい。

一つにトランプ大統領の気まぐれ政策は、彼が大統領の職を去った後も長続きせず、影響もそう長い時間に及ばないだろうということ。そしてもっと大事なことは習近平による独裁体制は、彼に忠誠を誓う部下によって固められ、政策が硬直化していくであろうということ。

中国はバブルの原因になるような政策をこれまで重ねてきた。これがコロナの回復を見た後にどういう風に表れてくるのか、これはまだ大多数の経済学者たちもわからないところだ。ただ、大手の不動産会社が倒産の危機に瀕しているというニュースも風のうわさに聞くから、いよいよこれから中国初の世界的な経済大変動が起こるのかもしれない。

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パリ2000年の歴史を歩く * 大島信三 * 芙蓉書房出版 * 2021/09/08

参考資料。パリがセーヌの河畔にできてから2000年以上に及ぶ動乱の歴史を、市内にある建築物、建造物を見ながらたどっていく。

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フランス史10講 * 柴田三千雄 * 岩波新書1016 * 2021/09/18

参考資料。フランスの歴史を、従来のような区分ではなく、著者が区切りとしてふさわしいと考えたテーマに分けて解説している。

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フランス革命の肖像 * 佐藤賢一 * 集英社新書ヴィジュアル版 * 2021/09/

参考資料。驚くほど多くの肖像画が革命の立役者たちについて描かれた。写真とは違う画家たちの浮き彫りにした姿は、何かそれぞれの人間の深いところを示しているかもしれない。

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堕落論 * 坂口安吾 * 現代語訳:松尾清貴 * 理論社:スラよみ!現代語訳名作シリーズ * 2021/09/29

坂口安吾の代表作である「堕落論」は終戦すぐに発表された。彼のこのエッセーはまさにこの時代にピッタリであった。それ以外の時代には果たして大評判になっていたかわからない。ましては現代のように右傾化傾向がはなはだしい場合には、誹謗中傷で社会的に葬られていたかもしれない。

率直に人間の本性を明らかにし、天皇制を歴代の権力者たちが利用してきたインチキを暴露した文章は、日本人が初めて徹底的に敗残を味わって、素直に自らの姿の実態を受け入れる準備ができていたからこそ、大ペストセラーになったのである。

その文章における率直さは、なんとなくサマセットモームの論調を思い起こさせる。ほとんど破滅的な人生を送った、それでいて他の多くの同業者のように自殺を願望しなかった坂口安吾のようにユニークな作家はほかに思いつかない。他に「続堕落論」「日本文化私観」「FARCEに就いて」「風博士」の4編を含む。

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狂ったサル The Crazy Ape * Albert Szent-Györgyi * 国広正雄・訳 * サイマル出版会 * 2021/10/12

ビタミンCの発見者であるセント・ジェルジ博士は学んだ学問の多様性はさることながら、政治の世界にも活躍し、母国ハンガリーからドイツ、アメリカ合衆国へと移り住んできたのは、それぞれの苦肉で迫害を受けたからである。アメリカ合衆国が終の棲家と思いきや、ベトナム戦争をはじめとして、人類の愚行を世界に率先して行うものだから、博士はついに自分が一生の間に得た”人類観”を披露することになった。

博士の意見が楽観的であるか、悲観的であるかはともかく、人間の持つ残忍な性格を目を背けずに認識して、(たとえそれが徒労に終わろうとも)軍拡競争の愚かさを繰り返して述べ、世界平和への願いを明らかにしている。この本は若い人たちに向けて書いたのだそうだ。この本は1970年に書かれたから、“若い人”とは私たちの世代にあたる。果たして若い人々はこれを読んでどう行動するのだろうか?

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アメリカのベジタリアンはなぜ太っているのか? * 矢部武 * あさ出版 * 2021/10/20

この本は2007年に書かれ、ブッシュ大統領(息子)の時代を中心に描いているが書かれていることはアメリカ人の国民性について、そして社会システムについてなので、2021年になっても古びることはないし、むしろその度合いは激しくなっているかもしれない。

肥満のひどさ、キリスト教が盛んなのに多い離婚、男性優位社会、見た目を重視する風潮、大義名分によって何でもやってしまう傾向、超格差社会、自己中心的で傲慢な人、など少しも今とは変わっていないテーマが並んでいる。別にアメリカ人に対する誹謗中傷ではなく、政府が変わっても技術が発展しても、世界の情勢が変わってもそう簡単に変化を見せることはないであろうアメリカ人の特性を描いている。

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ひとりで死んでも孤独じゃない * 矢部武 * 新潮社新書456 * 2021/10/24

これは日本の話ではない。「自立死」先進国アメリカでの話である。意外や意外、アメリカは生き馬の目を抜く競争社会と言われているが、北欧の福祉社会には全く及ばないにしても、戦後間もなく、フードスタンプなどの低所得層に対する制度がかなり整備されたのだ。

これは”個人が自立して生きる”という欧米の流れとは無縁ではない。死後何か月もたって死体が発見されるような、いわゆる「孤独死」が起こりにくいのは、単身世帯であっても個人と個人の結びつきがかなり緊密に保たれていることによる。高齢者用専用住宅などが各自治体に作られているが、そこに住む住人たちはお互いにつながりがあって、緩いあるいは親密なネットワークができているのだという。

アメリカはごく最近になってごく初歩的な国民皆保険が整備されたばかりなのだが、自治体やNPOなどによる地道な努力は昔からずっと続いていたのだ。これに引きかえ日本では、これまでは家族のネットワークに守られてきたのに、家族制度や終身雇用制度が崩壊するとともに個人個人はバラバラに放り出され、先進国でも最悪の孤独死の件数を出している。

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日本より幸せなアメリカの下流老人 * 矢部武 * 朝日新書581 * 2021/10/30

矢部武によるアメリカと日本の比較についての本の3番目。今回は下流老人、つまり貧困損にあえぐ人々を日米ではどのように扱っているかを論じている。総じてアメリカでは中流には厳しく、下流には手厚い保護の手が差し伸べられている。現代のアメリカでは中流の人間が下流に”ずり落ち”ていく現象が問題になっているが、実際に貧困層になった時はどうなるのか?

アメリカでは日本の生活保護にあたるものはもちろんあるし、それ以外に食料に事欠かないようにフードスタンプの制度もあるし、最低所得は保証されている。また、オバマケアが生まれる前でも、メディケイドにより医療費はほとんど無料で治療を受けられる。

「生き馬の目を抜く」といわれるすさまじいアメリカの競争社会についてはよく言われているが、それは上流、中流においていえることであり、下流についてはかなりのセイフティーネットが張られているのだ。これに対して日本はどうだろう。“総中流社会”と言われなくなってから久しいが、今でも国民の大部分はまだ自分が中流だと思い込んでいるし、生活保護を受けるのは恥だという風潮があり、保護を受ける人々に対するバッシングが絶えない。

そういった国民感情をかぎ取った政府や官僚は下流に苦しむ人々に対する思いやりなどはまるで感じられない。それどころか申請するのを邪魔することによって予算がなるべく生活保護に流れないようにしているありさまだ。国際競争の激化と富裕層の増大が、状況をどんどん悪化させているのに、日本はまるで国際標準に届かないような低いレベルでの福祉しか行われていない。

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フランスの歴史を知るための50章 * 中野隆生・加藤玄 編著 * 明石書店 * 2021/11/18

参考資料。

私たちの真実 The Truths We Hold American Journey  * Kamala Harris * 藤田美菜子・安藤貴子:訳 * 光文社 * 2021/12/04

カマラは現在バイデンアメリカ大統領の下で副大統領を務めている。しかし日本にいると、有色人種として生まれ育った彼女がどうやってこれまで政治家としての道を歩んできたのかを知らない人が多いだろう。幸いトランプ政権末期に自伝が書かれ、それまでの足跡を知ることができるようになった。

地方検察官としての出発点が異色であろう。そのあとカルフォルニア州の司法長官となったところまでずっと法律畑を歩んできたのだ。しかし弁護士ではなく、検事であるということがのちの政治の舞台での権力者に対する質問のスタイルに特徴が見えてきている。

上院議員になってから、トランプとその部下たちとの渡り合いは、常に苦しい戦いであった。トランプが再選選挙に負けなかったらもっと状況は悪化していたかもしれない。なぜなら彼女の信念とするところはトランプ一味とは真逆であるからだ。3年後にバイデン大統領の任期が終わるときに彼女が大統領になれるかどうかの貴重な参考材料としたい。

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重力の帝国 * 山口泉 * オーロラ自由アトリエ * 2021/12/10

この小説は2011年の3.11.つまり東日本大震災における原子炉事故を中心に展開したもの。奇妙な名前の国や人名が登場するが、それらが、アメリカ、日本、韓国、北朝鮮などのお馴染みのメンバーであることは容易にわかる。

また、この話での原発事故は実際よりもはるかに深刻で、「灰色の虹」という名前の放射能灰が日本列島にふりそそぎ、すでに人口の大半が命を失っている。それに加えてアメリカが再び戦争を起こそうとしている。また、日本人は、その同調性が誇張され、自らの人権を国家にささげ、システム全体が完璧なるファシスト体制に移行している。また、富裕層は残り少ない人たちの命を悟ってか、倒錯的な行動にふけっている。

まったく構成は違うものの、映画、「渚にて On the Beach 」をほうふつとさせる雰囲気を持っている。人類絶滅はほぼ確実である。これほどまでに暗黒のストーリーでありながら、話は突然終わる。なお、タイトルに含まれる“重力”とはフランスの思想家シモーヌ・ヴェィユに啓発されて名付けたとか。また作品中に登場する”十瀧深雪”という女性だが、実存するシャンソン歌手、”シモーヌ深雪”と関係があるのだろうか?

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ホモ・デウス(上下) * Yuval Noah Harari * 柴田裕之・訳 * 河出書房新社 * 2021/12/22

現代のテクノロジーの変化の速さを考えると、だれにも人類の未来を予想できる人はいない。エジソンが電球を、アインシュタインが相対性原理をそれぞれ思いつくことがそれ以前の人々にとって全く不可能であるように、現代人にもわずか10年先のことさえ予測するのは不可能だ。

人間は巨大文明の庇護なしには生存ができなくなってしまった。大昔の狩猟採集民と比べて、なんでも”体制”に面倒を見てもらえる現代人はまったくの虚弱な存在であり、知恵も耐久力もすべてが劣ってしまっている。新幹線に暮らすゴキブリのごとく、自らの文明度の高さを誇ってみてもそれは全くの虚栄に過ぎない。

一方で毎日パソコンやスマホでおなじみのAIが我々の知らないうちに急成長を遂げただけでなく、自ら学習することによって、人類にとってブラックホールの中身についてと同じように決して知りえない領域が日々増えているのは不気味である。しかも我々はデジタル産業のさまざまな便利な機能を利用するうち、どんどんガーファにからめとられ”時間泥棒”たちに襲われている。まさに仏様の掌の中を飛行する孫悟空なのだ。

それでは人間の日常生活はどうなるのか?これまで宗教やその他の絶対譲れない信念に代わり、データ万能の世界になるというのであれば、一人無人島に移り住んで一切の外部接触を断って“狩猟採集民“もしくはロビンソン・クルーソーのような生活を目指すほうがいいのではないか。なぜならこれまでの人間と動物との関係から、今度はAIと人間との関係が同じになるというのであるから、自ら進んで“下等動物”になったほうがよい。

そもそも地球における人類の存在は“反自然”によって出発した。「楽がいい」「便利がいい」をひたすら推し進め、自然選択をはじめとする自然界のルールを徹底的に破壊することによって人類は現代にまで到達した。 AI という化け物はこの反自然の流れの当然の帰結であり、その先は自滅するか、宇宙につまり、地球の自然の手が届かないところに”巣立ち”することになるのだろうか?

いずれにせよ、人類の短い生存期間は終わりがまじかに迫っているようだ。これが自然の失敗作なのであるか、次なる進化への踏み石に過ぎないのかは知る由もないが、“不完全”で“愚かな“存在である人類に関しては、地球の歴史の中でユニークな思い出として残るだろう。

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