英語の特質論

他言語との相違

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英語はヨーロッパ語族に属し、かつてローマ帝国の植民地であったため、フランス語、ドイツ語などと近縁関係にある。しかし、島国であるがためにイギリスは、大陸とは違った独自の言語的変化を経てきている。イギリス人の国民的特性もあるだろうが、単語の語尾について極限にまで簡素化され、その程度は、世界中を見回しても中国語以外にはほとんど例を見ないほどである。

世界の言語ガイドブック(1)まず、名詞に関しては、他のヨーロッパ言語に見られる「男性名詞」「女性名詞」そして、「中性名詞」の区別を捨て去ってしまった。最近まで国、船や航空機、台風にわずかに残されたSHEの表現も、今ではほとんど見あたらなくなっている。実際に存在するのは、STEWARD, STEWARDESS のような職業的な区別の場合のみであり、それすら、たとえば AUTHORESS (女流作家)というような言葉はほとんど死語に近い。

英語以外のヨーロッパ言語を学習すると必ず、名詞におけるこの男性・女性の区別に出くわす。例えばフランス語で「部屋」は女性名詞、「廊下」は男性名詞、「戸」は女性名詞、「船」は男性名詞、などと教わると、一体どういう基準で決めたのか分からなくなる。世間で言われているような、いわゆる性器の形態によって必ずしも決めたというわけではなさそうだ。

そもそも男女の性別で名詞を区別する風習は代名詞の働きを一層明確にするという利点があるはずなのだが、男女の区別を覚えることの煩雑さからか、実質本位の?英国人はこれを捨て去り、IT, THAT, THIS のような場合、悪い筆者の手にかかると、何を指しているのか判断に苦しむ場合が生じている。もちろん優れた書き手にかかれば、いかなる言語でも問題は生じないであろうが。

そうなると、名詞を修飾する形容詞がその名詞に性、数ともに一致するというようなこともない。これらはロシア、スペイン語においてしっかり残っているが、英語においては、すっかり消滅してしまった。英語においてはただ、修飾される名詞のまえ(前置)かあと(後置)にあるというだけである。このような簡略化は、ふつうの文章では不便を感じることはないが、やはり下手な書き手によれば、往々にして誤解を招くこともある。ただ、英語では形容詞形と、副詞形は語源的に同じでも違った形を持つのがふつうだから、それによる混同は少ない。

Thesaurus(同意語辞典)次に動詞の文型であるが、もちろん他の言語においても動詞のあとの目的語の有無(他動詞・自動詞)やその他の要素についてはある程度固定化されている(フランス語などは基本6文型としてまとまっているといえよう)。しかし英語ほどには、つまり基本5文型というものを使うことによって動詞を中心とする配列が厳格な言語はほかにないし、ましてや、いわゆる動詞句(動詞に前置詞や短い副詞が加わって新しい意味を生じたもの)として辞書に大きな顔をして並んでいる例も少ない。

動詞の中で最も目立つのが第5文型(SVOC)である。なぜなら、この中の O と C の間には主語述語関係(ネクサス)が成立しているからである。つまり一つの文の中に2重の「主述・主述」が存在するわけである。この形式はたとえば中国語でも存在するが、英語ほど明確に指摘できるようなものではない。この形式のおかげで、節を二つ作る必要が無くなり、文章構造が大いに簡素化された。ただしこの種のものはやはり配列と品詞が厳格に守られての上であって、いったんこの約束が踏みにじられれば、読む者にとって訳の分からない文になってしまう。たとえば「許す」allow のあとに目的語とto不定詞を付けることになっているが、to の代わりに ing を入れたりすれば、本来の意味がすっかり失われ、別の意味にとられてしまう。 promise の場合はもっとたちが悪くて一見、第5文型に見えながら実は第4文型なのである。(例参照)

Mother allowed me to go there.(母は私がそこにゆくのを許してくれたー第5文型)
We allow the dogs wearing muzzles in the park.(口輪をはめた犬は公園に立ち入れるー第3文型と ing形の形容詞句付き)
Tom promised her to come early.(トムはメアリーに早く来るよと約束したー第4文型)

ここでわかることは、英語の動詞はそのおのおのが強固な語順を要求して「文の中心」をなしていることである。そのため、いったんその配列をマスターしてしまえば、誰にでも同じように理解が可能であるということだ。動詞語尾の暗記に疲れた他言語の学習者諸君ににとってはうらやましそうな話だが、実際のところ、配列を覚える手間もやはりそれほど変わらないのではないか。いずれにせよ、システムが大いに変わっていることだけは確かである。

動詞に直接付くのが助動詞であるが、これは英語ではあまり整理はされていないが、かなりよく発達しており、これによって「仮定法」を巧みに作り出すことができる。これがフランス語の場合などでは条件法と称して新たな語尾変化をしなければならない。いったん助動詞が決まれば、そのあとはふつう動詞の原形が来るわけだから、面倒な活用を覚えずとも済むわけだ。

世界の言語ガイドブック(2)さらに特徴的なのは前置詞である。英語の前置詞はうしろに名詞(相当語句)が来るという厳格な規則のもとに使用されるが、その使用範囲の広さは、副詞句、形容詞句、動詞句の3つに共通して使われることにあろう。その変貌自在な活躍は他の言語にその例を見ない。多くの言語ではごく重要なものを除いて、前置詞の最も原始的な形態である「場所」を示すためという利用範囲を超えることはあまりない。

ところが、たとえば in/on/to/at をとってみてもわかるとおり、それぞれが実に多様な意味を持ち、先の3つのいずれにも顔を出しているのである。「前置詞がわかれば英語がわかる」と極論する人がいるほど、この品詞の重要性はぬきんでている。前置詞が守備範囲を多く持てば持つほど、それによって生ずる「」は他の形態に比べてより効率的なものとなる。日本語では「助詞」というものがあり、それはいわば「後置詞」とでも言えるものであるが、同じような役割を受け持っている。

英語での動詞の役割は非常に重要であるから、それから生じた準動詞も実に多彩な用法を持っている。準動詞は、動詞の性質はそのままに、状況に応じて多様な働きをさせたもので、たとえば to不定詞では7通りほども用法がある。にもかかわらず読む人がその用法を間違えずにとらえることができるのは、やはり厳格な語順によるものである。準動詞は to不定詞、ing形、ed形の三つがあるが、いずれも用法を担当している分野が違い、お互いに重複するところはほとんどない。しっかりした分業が成り立っているのである。

to不定詞は be to不定詞に見られるように未来というより、「予定」的な条件で用いる。形容詞的、副詞的、名詞的という名の通り、動詞をそれぞれの状況に置きたいとき、toを付ければたちどころにその役割を果たしてくれる。これに対しing形はその形が進行形を思い起こさせるように、「一時的状態」を示す傾向が強い。やはり三つの用法があるが、形容詞的、副詞的用法の場合は現在分詞と呼び、名詞的用法の場合は動名詞と呼んでいるのがやっかいである。ed形はそれが他動詞から作られるのであれば、本来の用い方である、「受動」を表し、それが自動詞で作られるのであれば、「完了」の意味を表す場合が多い。

ロングマン英英辞書いずれも使用条件が多岐にわたっているため、英語の学習者にとっては難関の一つである。英語では語尾変化を捨てた代わりに、一つの機能語に数多くの用途を持たせてしまった。だから、文の流れがつながっていないと、その用法が見えてこないのである。また、3人称単数現在を除いては、語尾変化がないということは主語を省略することもはばかられる。スペイン語などでは、人称による動詞変化がしっかり決まっているから、逆に言うと代名詞の主語が無くても間に合ってしまうのである。代名詞の主語をいちいち付けなくても済む簡便さを思えば、人称による動詞変化は我慢して覚えてもいいという人もたくさんいることだろう。

このように見てみると、英語の特性が、特に語順に大きく現れているのがわかる。古代ラテン語と違い、すっかり語尾変化を失ったもう一方の極、英語は人類の言語進化の最先端を中国語と共に歩んでいるのかもしれない。

これからの言語の方向は語順の確定にあるとすると、その言語の運用にとって最も大切なことはその文の中でいかに正確に「区切り」を付けるかということになろう。中国語のようにすべて漢字だらけで、どれがどういう品詞の役割をしているのか一見、わからない場合は言うに及ばず、英語の場合でも、品詞の確定はすべて語順によって決定されてしまっている。

英語の場合の、いや他の言語の場合もだいたいそうなのだが、その区切りとは、文の本体を貫く動詞のパタン(基本5文型)を中心にして、名詞句・節、形容詞句・節、副詞句・節で、合計6種類のかたまりが存在から生まれる。英語が「読めない」人とは、語彙の問題を抜きにすれば、その6種類をきちんと取り出すことのできない人のことである。

誰でも英文を読むときは心の中で、その6つの部分を切り離して意味をつかみながら読んでいる。いや、読み書き聞き話している。それは語順により、一定のルールが課され、そのルールを理解する者だけがその文を自分の頭にしまい込むことができるのだ。

そのルールとはその区切りのたいてい最初に来る、6種類の記号である。それは先に述べた準動詞、「ing」「 ed」「 to」 のほかに、「前置詞」、「接続詞」、「wh-/how 」で始まる語句である。英語はもちろん人工言語ではなく、自然言語であって、長年の使用に耐え、今のように発達した。その結果はこの通り、国民性もあろうが、実用一点張りという感じである。

聞くところによると、ほとんどの古代語は語尾変化が複雑で、一致が厳しい規則によって決まっていたという。現在のロシア語がそのいい例だろうが、商売が盛んで、コミュニケーションの加速度的な変化に合わせるためには、英語のような単純構造が要求されるようになったのかもしれない。

一見古代語の複雑さは現代人の目には奇妙に思える。古代ギリシャ語、ラテン語やサンスクリット語を少しでもかじったことのある人なら、その殺人的な複雑さに直ちに音を上げたことだろう。人がサルから進化したとすると、はじめは「ギャオー」で済んでいたのが、いつそんな複雑な体制になったのかどうしてもわからない。もしかして原始人の中に、ものすごく几帳面な人がいて、それまでのあいまいな言い方に我慢できず(狩猟の際に、部下にそれぞれ明確な命令を下さなければならないから)、決して誤解を招くことのない約束事をわざと作ったのかもしれない。

さらに時代は下って、古代人のレクリエーションは、詩や歌を詠うことだったから、「音韻」をそろえることに多大な努力が払われたことも考えられる。現に今でも、どの国の言葉でも、「韻を踏む」ことがとても大切なことだと考えられている。聞いていて楽しいリズムになるのだ。これが語尾変化を形作る原動力だったのだろう。(例参照)

例;ビートルズ Revolution より
You say you want a revolution...You tell me that it's evolution...But when you talk about destruction...You say you got a real solution....You ask me for a contribution....You say you'll change a constitution...You tell me it's the institution...(以下省略)

だとすると、宮廷における詩人、吟遊詩人が中心的な文化の作り手であった古代においては、彼らの意向によって言語が作られていったのかもしれないのだ。そして有り余る時間。現在のように「ビジネス」にいそしむのは隊商たちであり、庶民はその帝国が天下太平である限りは、「言葉遊び」に興ずることができたのであろう。

1999年8月初稿

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