Basic Japanese

Fuji-yama by Yamashita Kiyoshi

耳なし芳一の話

(listening)

目 次

作品解説 作者紹介 琵琶の弾き語り

原稿 Script

作品と注 (1) (2) (3) (4) (5) (6)

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作品解説

平家琵琶日本の怪談を集めた中で最も有名な作品。1185年、現在の山口県下関市(しものせき)の東にある壇ノ浦(だんのうら)の戦いで死んだ平家(へいけ)の亡霊たちが若い琵琶法師芳一を誘い、深夜の墓場のまんなかで演奏させる。

芳一が彼らにたぶらかされるのを恐れた和尚が彼の体中に魔除けを書きつけるが、うっかり耳に書くのを忘れたために、そこだけ引きちぎられてしまうという怪奇な物語。

「雨月物語」をはじめとして日本の民話には死霊(しりょう)や生き霊(いきりょう)が人々をかどわかす物語が多い。それらの悪さを避けるためには、体中に経文を書き付ける必要がある。ちょうどキリスト教において十字架をかざすことによって悪魔払いをするのに似ている。

また、この物語によって琵琶による語りが広く知られるようになった。かつては日本中を、多くは目の見えない琵琶法師たちが平家物語のように有名な話を聞かせて回っていたものである。

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作者紹介

ラフカディオ・ハーン Lafcadio Hearn 1850‐1904

小泉八雲文芸評論家,小説家。日本名は小泉八雲(こいずみやくも)。ギリシアのレフカス島で生まれた。幼時ダブリンに移り、その後フランス、イギリス、アメリカを転々とし、1890年来日,島根県立松江中学校の英語教師となり,翌年熊本の第五高等中学校へ移った。

神戸で一時英字新聞記者を務めた後,96年から6年半にわたって東京大学で英米文学を講義し,早稲田大学に移った1904年に亡くなった。小泉八雲は日本に帰化したときに選んだ名前である。

ハーンの十数冊に及ぶ日本時代の著作の中で,出雲の生活を描いた《知られぬ日本の面影》,日本人の内面生活をとらえた《心》,また日本の怪談の再話はとくに著名である(《怪談》)。この中に「耳なし芳一」が収められている。

邦訳は《小泉八雲作品集》が良く,アメリカ時代の作品を中心とする《ラフカディオ・ハーン著作集》もある。妻小泉節子に〈思ひ出の記〉がある。

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琵琶(びわ)の弾き語り

琵琶の弾き語りこの作品に登場する琵琶とは西アジアから伝来し,東アジアに広く伝播(でんぱ)変容した撥弦(はつげん)楽器で,楽器学では棹付きリュート属の弦鳴楽器に分類される。

日本では四弦を用い、撥(ばち)を使って演奏する。歴史的題材による語り物的要素も強く,歌謡的側面とつりあって邦楽の中で特異な位置を占めている。

平家物語を題材に扱った「平曲」では、語りが主で琵琶の音は調子とりや、合間にちょっとはいるだけで、ギターの伴奏のように前面に出てはこない。

実際の琵琶の弾き語りを聴いてみる(約1分間)speaker

「海道下(かいどうくだり)」(冒頭部分) 「然(さ)る程に本三位(ほんざんみ)の中将重卿(しげひらのきょう)をば、鎌倉の前(さき)の兵衛佐(ひょうえのすけ)頼朝しきりに宣ふ(のたもう)間、さらば下さるべしとて土肥(といの)次郎実平(さねひら)が手より、九郎御曹子(おんぞうし)の宿所(しゅくしょ)へ渡し奉る(たてまつる)・・・・・・・・以下略」

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耳なし芳一(その1)speaker

注;
  1. しものせき/下関 : 山口県南西端の市。下関(関門)海峡をへだてて北九州市と相対する海陸交通の要地。
  2. だんのうら/壇ノ浦 :  香川県東部,木田郡の牟礼(むれ)町と西部の高松市との間のにある入江。六万寺,洲崎寺をはじめとして源平合戦にちなむ史跡が多い。
  3. へいけ/平家 : 平安前期の皇族賜姓の一つ。桓武(かんむ)平氏,仁明(にんみよう)平氏,文徳(もんとく)平氏,光孝(こうこう)平氏の4流がある。平安末期には平清盛の代に保元・平治の乱に勝利をおさめて平氏政権を現出するに至ったが、源氏との争いに敗れ、壇ノ浦で一族は滅んだ。
  4. いちもん/一門 : 高貴な一家をなす人々全員
  5. げんじ/源氏 : 賜姓皇族の一つ。賜姓皇族とは皇子・皇孫以下,天皇の子孫が臣籍に入って姓を与えられたもので,そのうち源(みなもと)の姓を賜ったものすべてが源氏である。平安末期、範頼(のりより),義経(よしつね)の2弟を使って壇ノ浦で平家を滅ぼした後、源頼朝(みなもとのよりとも)が、鎌倉に幕府を開いた。
  6. あんとくてんのう/安徳天皇 : 第81代に数えられる天皇。在位1180‐85年。名は言仁。高倉天皇の第1皇子として平重盛の六波羅邸で誕生。母は平清盛の娘建礼門院徳子。翌月立太子。80年(治承4)即位。同年6月摂津国福原に遷都したが,11月京都に帰る。83年(寿永2)7月木曾義仲入京のさい,平氏に擁されて西海に落ち,大宰府・讃岐国屋島などにのがれたが,85年3月長門国壇ノ浦で平氏一門とともに入水・死亡。陵墓は下関市阿弥陀寺陵。
  7. ようてい/幼帝 : 幼い天皇、ここでは安徳天皇を指す。
  8. おんりょうたたられてきた/怨霊にたたられてきた : ころされたときの恨みを持っていまだにさまよう霊にさまざまな害を被ること
  9. べつのところで/別のところで : 小泉八雲の作品、「骨董(こっとう)」の「平家蟹」参照
  10. こうら/甲羅 : カニや亀の背中の固い部分のこと
  11. いきりょう/生き霊 : 生きている人のたましい
  12. けんぶんされる/見聞される : 見たり聞いたりされる
  13. いんび/陰火 : 原因不明の暗くて不気味な光
  14. おにび/鬼火 : 死人の魂から発する光
  15. ときのこえ/鬨の声 : 戦いや勝負に勝ったときに(軍勢が)いっせいにあげる喜びの声。
  16. そうかん : おたけびの声??
  17. あみだじ/阿弥陀寺 : 周防国牟礼令(現,防府市牟礼)の古寺。山号華宮山。1186年(文治2)後白河法皇により周防国は焼失した東大寺の造営料国に寄進された。
  18. こんりゅうされた/建立された : 仏教の寺院が建てられること
  19. あかまがせき/赤間が関 : 現在の下関
  20. ぼだいをとぶらう(とむらう)/菩提を弔う : 死者が迷いをたちきって得たさとり。仏果を得て極楽に往生するように願うこと
  21. ほうようがいとまなまれた/法要がいとなまれた : 仏教の儀式がおこなわれた 
  22. あんそくをえていない/安息をえていない : 心安らかな状態になっていない
  23. ししょう/師匠 : 芸事の教師
  24. だん/段 : 物語の区分
  25. きしんもなみだをとどめえなかった/鬼神も涙をとどめえなかった : あの恐ろしい鬼神も感動して涙を抑えることができなかった
  26. じゅうしょく/住職 : その寺の長である僧侶。
  27. だんか/檀家 ; 特定の寺院と永続的に葬祭の関係を結び,布施(ふせ)を行ってその寺院の護持(ごじ)にあたる家。
  28. ふこうがあった/不幸があった : 誰かが死んだ
  29. ほうじをおこなう/法事を行う : 死者の追善供養のためなどに行う仏事をおこなう
  30. こぞう/小僧 : 寺院などで、雑用をこなす少年。
  31. すずむ/涼む : 暑さのためにどこか涼しいところを見つけてしのぐこと
  32. ねま/寝間 : 寝室
  33. うらて/裏手 : 正面玄関からみた家の裏側
  34. さびしさをまぎらわす/寂しさを紛らわす : 別のことをして寂しい気持を忘れようとすること
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耳なし芳一(その2)speaker

注;
  1. やはんもすぎていた/夜半もすぎていた : 真夜中も過ぎていた
  2. やき/夜気 : 夜のしめって冷たい空気
  3. たかびしゃに/高飛車に : 突然挨拶もせず、礼儀もわきまえずに
  4. ぶしつけに/不躾に : いきなり、相手のことを考えもせず
  5. くちょうで/口調で ; しゃべり方で
  6. いかくするような/威嚇するような : 人を脅かすような
  7. めくら/目暗 ; 盲人のこと。この言葉は普通に使われていたが、今では差別用語として指定されている。
  8. こえをやわらげて/声を和らげて : 厳しい声から、ゆっくりと抑えた声になって
  9. みども/身供 : わし、私
  10. しゅくん/主君 : 明治維新以前の日本社会における、自分の主人。殿様と呼ばれる場合もある。
  11. やんごとなきみのおんかた/やんごとなき身のおん方 : とても高い位についていらっしゃる方
  12. あまた/数多 : たくさんの
  13. ごとうりゅう/御逗留 : ある場所に宿を取り滞在されること
  14. おぼしめしになり/思し召しになり : ご希望になり
  15. もようをかたる/模様を語る : 様子を詳しく語る
  16. たずさえ/携え : 身につけて
  17. こうきのかたがた/高貴の方々 : 高い位についていらっしゃる方々
  18. やかた/館 : 位の高い人々の住む庭園も備えた広大な家屋。
  19. まいるがよい/参るがよい : 来られるがよい
  20. かっちゅうにみをかためている/甲冑に身を固めている : 武士が戦いに備えて用意した丈夫な服を着ている
  21. きんばん/勤番 : 自分が見張りや警護に立つ番
  22. しょもうされた/所望された : お望みになられた
  23. だいみょう/大名 : 江戸時代において、それぞれの地方を治めていた武士の集団
  24. いぶかしくおもった/いぶかしく思った : あやしいと思った、疑念を持った
  25. そうもん/僧門 ; お寺の入り口にある門
  26. かいもん/開門 : これを叫ぶと門を管理する者が門を開けてくれる。
  27. よばわった/呼ばわった : まわりに聞こえるように大きな声を出して叫んだ
  28. かんぬき/閂 : 木製の門が外から開かないように横にわたした頑丈な棒
  29. あまどをくるおと/雨戸を繰る音 : 雨戸は何枚もの板の戸からできており、これらを次々と引っ張って開け閉めする。これを「繰る」という。
  30. こうきなでんちゅう/高貴な殿中 : 位の高いお方
  31. じじょ/侍女 : 位の高い人に仕え、身の回りの世話を引き受ける女。
  32. しあんする/思案する : ああでもないこうでもないと考え込む
  33. いたばり/板張り : 日本の家屋で、畳を敷く代わりに、部屋全体を板の床にしたもの
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耳なし芳一(その3)speaker

注;
  1. きぬずれ/衣ずれ : 人々が動き回り衣服の布が擦れ合う音
  2. でんじょう/殿上 : 大変身分が高い人々
  3. しきもの/敷物 : 座るために用意されたクッション。クマの毛皮など。
  4. とりしまる/取り締まる : 全体を監督する
  5. くだり/行 : 物語の特定の部分
  6. ひとしおあわれのふかいところ/ひとしお哀れの深いところ : 特に涙をそそるところ、感動させるところ
  7. ひつうな/悲痛な : 悲しみが耐え難いほどの
  8. ふないくさ/船戦 : 海の上で船同士で行われる戦い
  9. かいをあやつる/櫂を操る : 櫂(オール状のもの)を使って船を前後左右に進める
  10. おたけび/雄叫び : 戦いでの勇ましい、力を誇示する叫び声
  11. だんそう/弾奏 : 琵琶の演奏で撥(ばち)をはじいて演奏すること
  12. さいご/最期 : 命が果てるとき
  13. にいのあま/二位の尼 :平清盛の正室である平時子のこと。二位とは律令制下における従二位のことで、主に内大臣や蔵人別当の位とされ、大臣の正室などもこの位が贈られたのである。
  14. ことごとく : すべて、全部、全員
  15. ひたん/悲嘆 : 悲しみにくれるさま
  16. しじま/静寂 : (夜間の)静まり返った時間
  17. そなた : あなた、相手に対する敬称の一つ
  18. ならぶものがない/並ぶ者がない : (能力、技術などが)最高である
  19. おもいませなんだ/思いませなんだ : そう思っているのでございます
  20. ごぜん/御前 : 位の高い人の面前
  21. ごきとにつかれる/御帰途につかれる : お帰りになられる
  22. でむかれるように/出向かれるように : またやってきて下さい
  23. わがきみ/我が君 : 私の主人、主君
  24. しのびのおんたび/忍びの御旅 : 自分の高い身分を隠しての旅行
  25. いっさいこうがいせぬよう/一切口外せぬよう : 誰にも秘密をばらしてはいけない
  26. ひきとられてよろしゅう/引き取られてよろしゅう : もう帰ってよろしい
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耳なし芳一(その4)speaker

注;
  1. いちざ/一座 : その場に集まった人々
  2. はからずも/図らずも : 思いがけなく
  3. げなんをともに/下男を供に : 身の回りの世話をする男をいっしょに連れて
  4. わたくしごと/私事 : 自分だけの用事
  5. もののけにたぶらかされる/物の怪に誑かされる : 妖しい霊や魔力によって支配されてしまう
  6. てらおとこ/寺男 : 仏教寺院で雑事、掃除などを引き受ける住み込みの雇い人
  7. ちょうちん/提灯 : ロウソクのまわりに光を通す紙で作った球状の囲いで、夜間の携帯用照明。
  8. いきつけている/行きつけている : しょっちゅう通って慣れている場所
  9. みささぎ/陵 : 天皇の墓
  10. ざして/座して : 座り込んで
  11. ゆうれいび/幽霊火 : 亡霊が夜間に墓地などを飛び回る際の不気味な光
  12. みあかし/身証 : 
  13. とがめるように/咎めるように : 相手の不正な行いを非難しているかのように
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耳なし芳一(その5)speaker

注;
  1. おもいにかられながらも/思いに駆られながらも : そのことが気になりながらも
  2. ちからずくで/力ずくで : 力だけに頼って
  3. まぼろし/幻 : この世の実際のものでない存在
  4. てのうちにおちてしまう/手の内に落ちてしまう : 相手の悪巧みにだまされてしまう
  5. やつざきにされる/八つ裂きにされる : 身体を細かく引きちぎられる
  6. とりころす/取り殺す : つかまえて殺す
  7. きょうもんをかきつけて/経文を書き付けて : 仏教の聖典の言葉を筆で書くこと
  8. はんにゃしんきょう/般若心経 : 仏教の聖典で最も有名で、簡潔で短い。
  9. さとしていった/諭していった : 弟子や生徒に向かってよくわかるように説明してものの道理をわからせること
  10. えんがわ/縁側 : 日本の建物で、一番外側で庭に面した板敷きの通路で、腰掛けることができる。
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耳なし芳一(その6)speaker

注;
  1. ざぜん/座禅 : 仏教の信者が瞑想(めいそう)をするために座る姿勢
  2. いきをころすようにしていた/息を殺すようにしていた : じっと動かないでいた
  3. どこにいるかみてくれよう : どこにいるかみてやるぞ 特注;耳を除き体中に経文を書かれた芳一の姿を亡霊の侍は見ることができない。これは仏の持つ力がさまざまな魔力をはねのけることができることを表している。
  4. こどう/鼓動 : 心臓の打つ音
  5. おおせのとおりにした : おっしゃるとおりにした
  6. てぬかり/手抜かり : うっかりしていること、きちんと注意を払わなかったこと
  7. ぬかった : 失敗した
  8. じゅうじゅうわしがわるかった : まったく私が悪かった
  9. きんす/金子 : お金、貨幣
琵琶と撥(ばち)
平家琵琶 撥(ばち)

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© 西田茂博 NISHIDA shigehiro

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