Basic Japanese

Fuji-yama by Yamashita Kiyoshi

蜜柑(みかん)

(listening)

目 次

作品解説 作者紹介

原稿 Script

作品と注 (1) (2) (3)

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作品解説

蜜柑列車に乗りこんできた田舎の少女は、生活に疲れ落ち込んでいた作者の目の前で、走る車窓から見送りに来た弟たちに別れの蜜柑を投げるのだった。そのすがすがしい光景に作者は生きる喜びをかいま見出す。

平凡な列車の旅にすぎないが、前半の物語の描写が暗く憂鬱なだけに、最後の突然の展開は蜜柑の鮮やかな色ともに読者にさわやかな印象を残すだろう。

限られたスペースで勝負する短編では、言葉を絞ってできるだけ読者の想像力に任せ、知らないうちにクライマックスに導く見事な手際が要求される。ここでは蜜柑を通じての少女と弟たちとの瞬時の交流が強い印象を与えるのだ。

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作者紹介

芥川竜之介 1892‐1927(明治25‐昭和2)

芥川龍之介東京の生れ。生後7ヵ月にして母の発狂のため,その実家芥川家に養育され,幼少年期を下町の本所に過ごす。府立三中,一高を経て1916年,東大英文科を卒業後,海軍機関学校の英語教官として19年まで勤めた。

16年2月発刊の第4次《新思潮》に発表の《鼻》で文壇に登場。翌17年には第1創作集《羅生門》を刊行。短編の数々に独自の世界をひらき,大正文壇の新星となった。

その題材も《羅生門》(1915),《芋粥》(1916),《地獄変》(1918),《六の宮の姫君》(1922)など王朝の説話集に材をとった王朝もの,《奉教人の死》(1918)や《神神の微笑》(1922)のごとき切支丹もの,《戯作三昧》《或日の大石内蔵助》(以上1917)など江戸時代を舞台としたもの,《開化の殺人》(1918),《舞踏会》(1920)など明治初期に材をとった開化ものなどをはじめ多岐にわたる。さらに22年以後書き出される保吉もの(《保吉の手帳から》ほか)から《大導寺信輔の半生》(1925),《点鬼簿》(1926)などがある。

《玄鶴山房》や《河童》,珠玉の小品《蜃気楼》(以上1927)などに最後の輝きを見せ,やがて《或阿呆の一生》をはじめとする一連の遺稿の内にその作家的宿運の何たるかを語りつつ,27年7月24日未明,〈ぼんやりした不安〉の一句を遺書に残し,36年の生涯を閉じた。

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蜜柑(その1)speaker

注;
  1. よこすか > 横須賀 : 神奈川県東南部にある都市。芥川は大正5年12月から8年3月まで横須賀海軍機関学校の教師をした。
  2. にとうきゃくしゃ > 二等客車 : 当時の客車は一等、二等、三等に分かれていた。
  3. あとをたって > 跡を絶って : いなくなって、見えなくなって
  4. けんたい > 倦怠 : 何事も積極的にやろうという気の起こらないさま
  5. がいとう > 外套 : マント、冬の厚手の防寒衣料。
  6. ていしゃば > 停車場 : 鉄道の駅
  7. あとずさりをはじめる > 後ずさりを始める : 列車が前へ動くので、外の景色がうしろへと流れていくさま
  8. ひよりげた > 日和下駄 : 晴れた日に履く歯の低い下駄
  9. いいののしる > 云い罵る : 相手に腹を立てて強い調子で怒鳴ること
  10. おもむろに > 徐に : 静かに、ゆっくり
  11. めをくぎっていく > 目をくぎって行く : 列車が進行するにつれ、一本一本のプラットホームにある柱が窓からの眺めを四角形に切っていくさま
  12. うんすいしゃ > 運水車 : 蒸気機関車の水を補給するための車両
  13. しゅうぎ > 祝儀;労働や手間に対する心付け、チップ
  14. あかぼう > 赤帽 : 当時駅の構内で乗客の荷物を運搬する仕事をしていた人々。赤い帽子が目印。
  15. ばいえん > 煤煙 : 蒸気機関車が燃やす石炭が、完全に燃えないときに出るスス混じりの真っ黒い煙
  16. みれんがましく > 未練がましく : 列車がなかなかスピードを上げないためになかなか前へ進んでいないさま
  17. うしろにたおれていった > 後に倒れて行った : 列車の進行とともに車窓から見る景色がうしろへ見えなくなっていくこと
  18. ものうい > もの憂い : けだるい、元気がない
  19. いちべつした > 一瞥した : 一瞬見た、ちらっと見た
  20. ひっつめのいちょうがえし > ひっつめの銀杏返し : 頭の上に束ねた髪を両分けし、左右に分けて輪形に結ぶ。結婚前の少女の髪型。
  21. よこなでのあと > 横なでの痕 : 横にかすったような傷跡
  22. ひび > 皹 : 寒さのため皮膚が脂肪分を失い、細かく割れ目を生じたもの
  23. あかじみた > 垢じみた : 垢がついてもそのままになった、垢のしみこんだ
  24. もえぎいろ > 萌葱色 : 青と黄色との間の色。薄緑色
  25. えりまき > 襟巻 : 首に巻くマフラー
  26. しもやけ > 霜焼け : 凍傷の軽いもの、指先などにできる
  27. あかきっぷ > 赤切符 : 当時の三等切符は赤い色をしていた。二等は青色。
  28. ぐどんな > 愚鈍な : 自分で判断することのできない、状況を見極めない
  29. まんぜんと > 漫然と : とくに何をしようという気もなく
  30. がいこう > 外光 : 車窓から入ってく外部の光
  31. すりのわるい > 刷りの悪い : 印刷が不明瞭で読みにくい
  32. なにらん > 何欄 : 新聞にあるどこかの記事
  33. なぐさむべく > 慰むべく : 元気にさせてくれるために
  34. もちきっていた > 持ち切っていた : あふれていた
  35. こうわもんだい >講和問題;1918年11月に休戦した第1次世界大戦の講和条約締結のこと。→ベルサイユ条約
  36. しんぷしんろう > 新婦新郎 : 誰かの結婚話。現在では新郎新婦という。
  37. とくしょくじけん > 涜職事件 : 汚職事件
  38. さくばくとした > 索漠とした : 気が滅入るような
  39. ひぞくな > 卑俗な : いやしく下品な
  40. おももちで > 面持ちで : 様子で、仕草で
  41. うずまっている > 埋っている : あまりに多くに取り巻かれている、多くが含まれている
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蜜柑(その2)speaker

注;

  1. はなをすすりこむ : 流れ出てくる鼻水を強く息を吸って外に出ないようにするか飲み込んでしまうこと
  2. せわしなく ; 絶え間なく、とどまることなく
  3. ぼしょく > 暮色 : 夕方の薄暗い色、景色
  4. がてんのいくこと > 合点のいく事 : すぐにわかること、すぐに気づくこと
  5. けわしいかんじょう > 険しい感情 : 腹がたつこと、嫌悪感を感じること
  6. もたげようとして > 擡げようとして : 持ち上げようとして
  7. あくせんくとうする > 悪戦苦闘する : なかなかうまくいかずに苦労すること
  8. みなぎりだした > 漲りだした; (空気が)隅々まで広がりだした
  9. まんめんに > 満面に : 顔いっぱいに
  10. とんちゃくするけしき > 頓着する気色 : 気にしている様子、心配げな様子
  11. びん > 鬢 : 頭の左右側面の髪
  12. あたまごなしに < 頭ごなしに : 言い訳も聞かず、理由も確かめないで
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蜜柑(その3)speaker

注;

  1. ふみきりばん > 踏切番 : 踏切の上げ下ろしを行い、列車の安全運行を監視する人
  2. いちりゅうの :  旗がひとすじ
  3. ものうげに : さびしげに
  4. しょうさくとした > 瀟索とした : ものさびしいさま
  5. めじろおしに > 目白押しに : 人が込み合って押し合うさま
  6. どんてん > 曇天 : 雲ってどんよりとした空
  7. おしすくめられた > 押しすくめられた : 上から力一杯かけて押しつぶしてしまうこと
  8. いんさんたる > 陰惨たる : 陰気で暗い光景の
  9. あおぎみながら > 仰ぎ見ながら : 体を反らして上の方を見上げながら
  10. いたいけな : 幼くてかわいい
  11. ほとぼしらせた 迸らせた : (水、声などを)勢いよく出した 
  12. つとのばして : 突然のばして
  13. せつなに > 刹那に : 瞬間に、ちょっとの間に
  14. いっさいをりょうかいした > 一切を了解した : すべての事情が飲み込めた
  15. ほうこうさき > 奉公先 : 自分が女中や手伝いをすることになっているよその家
  16. おもむこうとしている > 赴こうとしている : (目的地に)向かおうとしている
  17. ふところにぞうしていた > 懐に蔵していた :手元に持っていた
  18. いくかの > 幾顆の : (果物など)何個かの
  19. ろうにむくいた > 労に報いた : (弟たちの見送り)に対しそのお返しをした
  20. らんらくする > 乱落する : 乱れ落ちる、乱れ飛ぶ
  21. せつないほど > 切ないほど : 苦しいほど、つらく思えるほど
  22. えたいのしれない > 得体の知れない : 正体不明の、理由の分からない
  23. こうぜんと > 昂然と : 気持ちの高まった状態で
  24. ちゅうしした > 注視した : じっと見つめた
  25. ふかかいな > 不可解な : 訳の分からない、
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© 西田茂博 NISHIDA shigehiro

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