文明時評

きつね

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半健康人の不安

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これほど薬や医療技術が発達しても、人々はやはり病気になる。昔のようにすぐに死んだりすることはなくなったけれども、最高のコンディションの最中にふと明日はこの調子が崩れるのではないかと不安になる。しかもテレビをはじめとするコマーシャルが「疲労回復!」「だるいときに」「頭の重い人に」となりふり構わず叫び続けるものだから、現代人は慢性的な「半健康状態」におかれている。

こんな事になった第一の理由は、自分たちが専門家でないということだろう。誰でも医者の修行をした人のほうが、自分たちよりも上手に健康管理ができると思いこんでいる。だが実のところを言うと、自分が何度も扱った症例をのぞいては、医者というものは何一つ確実に治す自信は持っていないものなのだ。

カゼ一つ取ってみてもわかる。昔から「万病のもと」と言われてきたように、実はこれは非常に複雑な病気で、単一の薬でビールスをやっつける、などというわけにはいかないのだ。それを一般の人々は注射一本で治るような錯覚を抱いている。実際の医者がカゼを引いたらどうするか。それは昔から変わっていない。「たまござけ」を飲むのだ。

ばかばかしいようだが、栄養剤、興奮剤、その他いわゆる市販のカゼ薬に含まれているものは、たまござけと大差ない。根本的にカゼビールスを直撃できるような薬はない。なぜだろうか。

それはスペインカゼ、香港カゼ、というようにカゼのビールスは常に変身して世界中に存在し、違ったタイプでは違った攻撃方法を用いなければ対処できないからなのだ。これはどんなに現代医学が発達しても手に余る仕事だ。1万人のゲリラを捜し出して攻撃するのに似ている。

したがって、現代医学は無力だ。にもかかわらず昔と比べて死者が減っている理由は、栄養が良くなり公衆衛生思想が普及して、人々の持つ「免疫力」が一時的に向上しているせいである。一時的といったのにはわけがある。

過度な冷暖房、甘やかした育て方、運動不足、必要以上のカロリーや脂肪の摂取、絶え間ないストレスによって、その免疫力はどんどん低下しているからだ。もしこの傾向が続くならば、近い将来に無菌室で育てなければ生存できないほどの虚弱体質が大量生産される可能性がある。

実はその徴候がすでに産科、保育園で現れているという。しっかりと背骨をまっすぐにできない、首を垂直にできない、流動物しか受け付けない、などとまだ社会問題にまでは達していないが、そういう子供が今成長期に入ろうとしているのだ。日本人の子供のコレステロール量はアメリカを抜いて世界一だ。

振り返って人々がその不安な状態を医学によって解決できないことをうすうす知っているせいか、いわゆる「健康雑誌」の売れ行きがよく、「・・・を飲めば元気いっぱい」「・・・をつけたらガンがなくなった」などとまことしやかに、かつての香具師(ヤシ)を思わせる口振りでである。

かなりまじめな雑誌や本でも、そのようなことが人々の注目を集めることがわかっているので頻繁に掲載される。昔から発行部数が落ちたらセックス記事を載せろ、というのが編集長たちの間での常識であったが、それに「健康記事」も加えるとよい。

ここに「ビタミン C は風邪に効く」という説がある。これはさる有名な栄養学者が唱えたものだが、今たいていの人々がこのことを知っていて、「真実」だと信じ込んでいる。「コレステロールは体に悪い」や「魚に含まれる DHA は頭をよくする」も同様である。

これらはみなウソだ、といっているわけではない。対照実験のもとに、ある程度それに近い結果が出ただけなのである。だが専門家でない人はそれをまるで魔法の薬のように単純に思いこみ、それが製薬会社を大いに儲けさせている原因にもなっている。

ここに見られるのはあまりにも機械的な生物観である。つまりさび付いた自転車に油をさせ、そうすればなめらかに動くようになる。これと同じ発想が生物体の場合にも支配しているのである。残念ながら「 A をすれば B になる」という流れは生物界、気象界、その他の自然界にはほとんど存在しない。

人間は面倒な考えを避け、単純思考をしたがる傾向にあるから無理もないが、こと自分の健康に関する限りはもう少し慎重に考えてもいいのではないか。19世紀以来の機械文明がもたらした弊害がここにも強く現れているようだ。

ビタミン C を例に取ってみると、未だかつて、この地球上の生物のうち現在ほど純粋な形で摂取したことは一度もない。自然界での存在は常に「不純物入り」である。薬草を見よ。よく「・・・に特効あり」などといっているが、その主成分はごくごく微量であり、その他含まれるさまざまな物質が触媒作用をしたり、拮抗作用を持ったり、副作用を和らげたり、単に薄めたりして全体の効能を発現させているのである。

ビタミン C は野菜や果物に多く含まれているが、クエン酸、他のビタミンの及ぼす影響はどうなのか。イチゴ一個に含まれているすべての成分をビタミン C と一緒にしてその影響を調べたらどうなるのか。実際のところ何もわかっていないし、誰もそんなきちがいじみたほど複雑な実験をやる人などいない。

不純物と中心になる物質との相互作用は何通りもあり、その組み合わせを数えれば天文学的な数字になってしまう。つまり気象予報と同じである。この大自然の「複雑系」に関しては人間は手の施しようがないのだ。

さらにそれを受け入れる生物体の、体調、性別、年齢、体重、遺伝的特徴、その他数え切れないほどの条件が考えられる。お相撲さんに効くから、赤ちゃんにも効くのか?これはあまりにも乱暴な話である。これを一律に無視して結論を安易に出すのは、(人々の方で勝手に結論を引き出すのは)とんでもないことだ。

今では常識になっているタバコとがんの関係もそれが文句なく受け入れられるまで大変な年月と費用とエネルギーが必要だった。毎日5箱ぐらい消費するヘビースモーカーがガンにならずに90まで生きた例はいくらでもあるし、森の清浄な空気で育った若者が肺ガンで若死にした例も数え切れない。それでもやっと現在の結論らしきものにたどり着いたのである。

「大部分の人、少なくとも6割5分ぐらいの人に通用すればいいじゃないか」という人もいよう。その通り。そのような理解の仕方であれば問題はない。でも実際にはそうではなく、どんな人にも通用し必ず効く、という形でそのような考えは流布する。そしてそれらは確実な反論が出ない限り止めようがない。

生物の問題については即断は不可能なのである。その組織があまりに複雑すぎるため、納得のゆく検証ができない。そこのところを素人がおさえておれば、なにも問題はない。だがそこに油断があるために、金儲け主義に付け入れられてしまう。

かつてビタミン E の不老長寿効果とやらがもてはやされ、これによって巨万の富を築いた人もいただろう。今ではこれが摂取され過ぎると体内に残留するとか、腫瘍を発生させやすいとか、良くないニュースばかりである。

これらの言説に「半健康人」は耳を一切傾けないほうがよい。何がいいかはすでに古代人でも知っていた。「医食同源」「偏らない、多すぎない、新鮮な食事」である。実はこんな簡単なことが現代の時代には少しも守られていない。

今長生きしている90過ぎのお年寄りは、そんなことは生活の一部として身につけていた。現代の食品産業は食べ物を「物質」として扱うから、そんなことはまったく考慮しない。加工して、純粋化して、味だけは気に入られるようにして、栄養を偏らせて、販売する。

健康のもう一つのポイント、「運動」もそうだ。現代人は、古代人の運動量がどのくらいだったか知らないわけではあるまい。江戸から日光の東照宮まで歩くぐらいの体力は、栄養が悪くても大体持っていた。自分の生活を振り返ってみて、それに比べて大幅に運動量が少ないとすれば、それを同じくらいにしておかないと、おかしくなるだろうことは容易に想像がつく。

だが実際のところは、車やエレベータなどという便利なものに頼ってしまっている以上、別のところで運動量の不足をおぎなわなければならないが、それには「強い意志」が新たに必要になってくる。運動が日常生活の一部として定着していればわざわざ「トレーニング」などする必要もないのに。

残念ながら、現代生活ではそれすらますますむずかしくなってきている。階段の2段飛び上がりとか、一駅歩くぐらいでも十分なのだが。したがって一部の恵まれた人々は「スポーツクラブ」に行き、そこで心ゆくまで運動をすることになるわけだ。まさに冷房しすぎた部屋でストーブをたく手間と同じである。

半健康状態は結局、「普通の生活」ができないために起こる現象である。しかも長年の間にその害が累積してゆく点ではゆるがせにできない問題だ。誰もが専門家並とは言わないまでも、ある程度の正しい判断ができるくらいの知識は持つべきだ。ただしそのような知識は製薬会社のコマーシャルや安雑誌の記事には載っていない。

2000年7月初稿

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