ドリトル先生物語全12巻 |
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The Story of Doctor Dolittle ドリトル先生アフリカ行き
シリーズ最初の作品。ドリトル先生の家族の紹介、動物語の習得、最初の航海、動物たちの能力発揮など、シリーズすべての原形を示している。 ドリトル先生は、イギリス北部の(架空の街)、沼のほとりのパドルビーに住み、町医者をしていた。だが、動物好きが高じて、近隣の人々が寄りつかなくなってしまった。長年飼っていたオウムのポリネシアが、ドリトル先生に獣医になることを勧める。しかも動物語の特訓をしてくれた。 たちまち動物たちと話せるようになったドリトル先生は、獣医として、大評判をとるが、ワニが迷い込んだりしてこれまた近隣の百姓たちは牛や馬を連れてこなくなってしまった。 お金が底をついてきたある年の冬、はるばる飛んできたツバメによって、アフリカの猿たちが大疫病によってどんどん死んでいるという知らせを受ける。ドリトル先生は早速借金をして船を仕立て、ポリネシア、猿のチーチー、イヌのジップ、アヒルのダブダブ、白ネズミ、フクロウのトートーを連れて出発する。 ツバメたちに案内されてアフリカに着いたが、嵐で船は粉みじんになり、猿の住む国に向かう途中、ジョリキンキ王国の白人を嫌う王様に捕まってしまう。だがポリネシアの名案によって迷信深い王様をうまく煙に巻いて、猿の国へ脱出する。 猿の国では大忙し。トラやライオンまで助手に来てもらい、先生は朝から晩まで働いた。おかげで疫病は収まり、猿たちは大感激して、先生に珍獣中の珍獣である、二つ頭のオシツオサレツをプレゼントする。 帰り道に再びジョリキンキ王国を通り、道に迷ったところで捕まってしまうが、今度は王子のバンポに、顔を白くすると約束して見事脱獄する。王子に船を用意してもらい、ようやく帰途につく。 ところが、途中その海域でおそれられている海賊に遭遇する。いったんはツバメに引っ張ってもらって逃れたものの、カナリアの住む島に隠れているときに、再び海賊に捕まりそうになる。 今までのぼろ船がもうすぐ沈むことをネズミたちから教えられた先生は、先生の船に乗り移って空っぽの海賊船にのって沈みゆく船に乗った海賊たちに、略奪をやめこの島で百姓をするように命じる。 海賊船を乗っ取ったドリトル先生一行は、その船の部屋の一つに少年が閉じこめられていることを、耳の鋭いトートーによって発見する。彼のおじさんが行方不明だという。海の真ん中で、あらゆる情報を動物たちから求めたが、どこにもおじさんは見つからなかった。 イヌのジップは自慢の鼻を使って捜索を始める。あらゆる方向からの風を嗅ぎ、もうだめかと思ったとき、おじさんのかぎたばこのにおいをキャッチ。岩だらけの小島の穴に入っていた小父さんを見事発見する。 二人の故郷の港町に送り届けると、その町の町長さんからジップはその功績をたたえて金の首輪をもらったのだった。こうしてようやく先生一行は懐かしのイギリスに戻ってきたのだった。 Doctor Dolittle's Circus ドリトル先生のサーカス シリーズの第3作。アフリカから帰ってきた先生は船を出すときに借りた借金を返し当面の生活費を何とかするため、たまたま近郷にやってきたサーカスをネコ肉屋のマシュー・マグに紹介されたのを機会に、オシツオサレツを見せ物にして稼ぐべく、興行に加わることにする。 おなじみの動物たちの他、マシュー・マグ夫妻が加わり、全国巡業の旅に出る。ブロッサム団長をはじめとしてサーカスの仲間といっしょに生活を共にすることになった。動物たちは新しい生活に大喜びだったが、先生はサーカスにいる動物たちの状態に心を痛め何とかしてやりたいと思うようになった。 たまたま病気療養から復帰した芸をするオットセイのソフィーは、彼女の夫がアラスカにいる群のリーダーだったが自分の妻が人間に捕らえられてからは生きる気をなくし、群も危機に瀕していると聞いて、先生は彼女を海に逃がしてやる計画を立てる。 大騒ぎの末、サーカスから出ることができたものの、ほとぼりが冷めるまで先生とソフィーは近隣の空き家に数日過ごし、夜陰に乗じて外に抜け出して街道を走る駅馬車に乗り込む。だがボンネットとベールで隠したものの、辻強盗と間違われ危ういところを逃れる。 幸い、アフリカに行く前にメガネをつくってやった老馬トグルと出会い、荷馬車に乗ってソフィーは一番近い川までたどり着くことができた。ここからようやく海に出て断崖から先生はソフィーを海に放してやる。ところがそれを見ていた地元の男が、これは妻を殺して投げたのだと思いこみ、先生は牢屋に入れられてしまう。 翌朝牢屋にやってきた判事は先生の旧知だったのですぐ釈放してもらい、ようやく帰り道についた。途中の草原でキツネの親子にあったものの、キツネ狩りが大好きな判事とその一行がやってきて、この親子は先生のポケットに入らなかったら猟犬たちに食い殺されていたところだった。 先生は別れるすがら、キツネたちのために強烈なにおいのでる薬をプレゼントした。猟犬が追っていっても薬のにおいでキツネに近づけなくなる。おかげでこれ以後その地方のキツネ狩りは廃れてしまったという。 サーカスに戻った先生は新しくサーカスに加わったばかりのインチキ薬屋を追い出し、サーカス内での人望が高まったが同時に敵も作ってしまった。たまたま「話をする馬」として登場する予定だったニーノが病気になり、代役として先生は老いた引き馬であるベッポーを出演させ、大好評となる。 動物語をしゃべることができるということでブロッサム団長は、先生に大変な期待をかけるようになった。約束の公演期間が終わると、先生はベーッポーを連れて、馬の養老院のための場所を探しに出かけた。幸いトグルに、老後を過ごすのに理想的な場所を紹介してもらい、この二頭が初代会長・副会長になって、運営が始まった。 先生がサーカスに帰ると新しい企画が生まれようとしていた。大都市マンチェスターの有名な興行主ベラミー氏がぜひ動物を中心とした見せ物をつくってくれと言うのだ。先生は、自分の動物たちだけが出演する「パドルビー・パントマイム」の脚本を書いた。 動物たちは大喜びで一生懸命練習し、いろいろなアイディアをことあるたびに付け加え、いよいよマンチェスターに乗り込んだ。公演は大成功で、来る日も来る日も押すな押すなの大盛況だった。家政婦であるアヒルのダブダブはこれでやっとお金が貯まると安心するのだが・・・。 公演を終わって次の小さな町に移動したときからブロッサム団長の姿が見えない。みんなが気づいた頃には売上金を全部もってどこかにトンズラしたあとだった。金もなくサーカスは倒産寸前になるが、残った人々はみんな次代団長にドリトル先生を望んだ。 団長になればサーカスにいる動物たちの状態が少しでもよくなると考えて、先生は新団長を引き受ける。マシュー・マグは有能な交渉役となり、先生独自の正直で誇張のないまったく新しいサーカスが生まれたのである。 ソフィーの脱出を計ったり、キツネ狩りをできなくしたりと、まさに現代の動物保護団体のやっていることの先駆けである。また金に無頓着な先生は、金がなくなっても少しも心配しないし、ある時は、馬のホームやら動物の福祉のためにあっという間に大金を使ってしまう。そして自分がサーカスの団長になったとき、インチキのないすがすがしい組織を作るのである。 Doctor Dolittle's Caravan ドリトル先生のキャラバン * Hugh Lofting * 井伏鱒二訳 この本は、「ドリトル先生のサーカス」の続編といえる。動物たちによる「パドルビー・パントマイム」の成功後、ロンドンの大劇場に招かれた先生はもう一つの出し物を考えていた。それは人間の出てこない、動物主体ですすめられ従来の完全に打ち破ったものだった。これは動物保護の考えとしっかり結びついて話が展開している。 ある日すばらしいカナリアの声を聞いたドリトル先生は、ピピネラという名のメスのカナリアと知り合う。彼女の冒険談は「ドリトル先生と緑のカナリア」に詳しく語られるが、彼女の作曲、作詞、歌唱、のどれをとってもすばらしかったので、ヒロインにしてカナリア・オペラを作ることを思いつく。 それにしてもピピネラが売られていたペット・ショップはあまりにひどい状態だったので、先生とマシュー・マグは深夜この店に侵入して密猟された鳥たちをみんな逃がしてしまう。 大騒ぎが起こったが、店主が盗品販売に関わっていることを店の犬たちから聞いたおかげで先生は警察に捕まることなく、逆にこの男を終生この商売から足を洗わせた。 カナリア・オペラはピピネラだけでなく数多くの鳥たちの協力を得て実現した。人々はその新しさに息をのみ、ロンドンの演劇界では日に日にその人気は高まる一方だった。途方もない額のお金が先生や動物たちや人間の協力者たちに流れ込んだ。 新しく得た名声とお金で様々なことが計画された。動物を使った宣伝は、動物愛護や動物の持っていた優れた才能を世の中に知らしめるチャンスとなった。動物たちにも利益が分配され、新しく動物のための銀行が試験的に開設された。 だが、家族の中にも懐かしいパドルビーのことが思い出されるようになり、先生はサーカスを解散して故郷に帰ることにしたのだ。動物たちはそれぞれの出身地に戻され、人間たちもそれぞれ一財産を持って退職し、先生も多くの子供たちに惜しまれながらロンドンを去ったのである。 上へDoctor Dolittle and The Green canary ドリトル先生と緑のカナリア * Hugh Lofting * 井伏鱒二訳 雌のカナリアを登場させることで、視野が広く非常に冒険好きで自立的な女性像が描かれている。 ドリトル先生がサーカスで成功したあと、キャラバンで巡業させ、新たな催しを考えていたときに、汚いペットショップで見つけたのが、カナリアとヒワのメスの雑種で稀代のソプラノ歌手であるピピネラであった。だが、プリマドンナに起用するほどの才能だけでなく、みんなを驚かせたのは彼女の波乱に満ちた生涯だった。 生まれてまもなく彼女は宿屋にもらわれ、客や馬車を歌声で迎えるみんなの人気者だったが、大金持ちの貴族に買い取られ、さびしい生活を送っているその妻にプレゼントされ、邸宅で暮らすことにる。貴族は機械導入によって大勢の労働者や農民たちの反感を買い、鎮圧のため放火された邸宅に入ってきた軍隊のマスコットなる。 だが、その軍隊が鎮圧に転戦するうち、ピピネラは炭鉱夫に奪われ、炭鉱内でのガス漏れ感知の仕事をさせられる。ある日、炭鉱内に見学にやってきた金持ちのロージーおばさんに買い取られ、再び平穏な生活に戻り、ツインクという夫を得て子供たちを産み、窓磨きの仕事にやってくる男と仲良くなる。 ロージーおばさんからピピネラを譲られた窓磨きは荒れ果てた風車でたった一人で、社会改革論を執筆しながら暮らしていた。政治的なトラブルに巻き込まれてしまったらしく、ある日姿を消してしまう。軒下に鳥かごがぶら下げてあったため餓死寸前になったが、暴風のおかげで鳥かごが壊れ、ピピネラははじめて自由の身となる。 籠の鳥からいきなり自由な生活になったピピネラは、敵に狙われまともに飛ぶこともできない。知り合ったオスのヒワから、自然の中で生きるアドバイスを受け、はかないロマンスが生まれるが、結局ほかのメスのヒワがあらわれて、恋は終わる。失恋の痛手から自暴自棄になって大海を渡ろうとする。危うく命を落としかけたとき島を発見し、そこで平穏な生活を営むが、あの窓磨きに再会したくてたまらなくなった。 折から通りかかった客船に便乗したところをつかまり、理髪店の中で飼われることになるが、いかだに乗って半死半生の状態で救出された男が実はあの窓磨きだった!しかし念願の飼い主に会えたのもつかの間、風車のところに戻ったところで浮浪者に盗まれ、ドリトル先生に発見されるまでペットショップに閉じ込められていたのだった。 ピピネラが主役のカナリア・オペラは大盛況のうちに終了し、ドリトル先生は故郷のパドルビーに帰る前に窓磨きの捜索を開始する。ロンドンではスズメのチープサイドのおかげで病院に収容されていた窓磨き(ステファン)を発見するが、彼があれほど大切にしていた原稿は行方不明だという。 ドリトル先生はステファンと、犬のジップを伴って風車小屋に向かう。原稿はいろんな人間や動物の手を経て、最後に浮浪者によってロンドン方面に持ち去られた。再びチープサイド、ジップと犬の仲間たちが男の乗った馬車を追跡し、ようやく原稿を無事取り戻すことができたのだった。 Doctor Dolittle's Post Office ドリトル先生の郵便局 * Hugh Lofting * 井伏鱒二訳 この物語は順番からいくと、「サーカス」「キャラバン」の後にくることになっている。家族のみんながイギリス国内の巡業に疲れて、気分転換にアフリカに出かけた帰り道に起こったのである。ところが「サーカス」「キャラバン」の物語の中に、この郵便局での想い出が語られる部分があるのだ。これはドリトル・ファンにとっては気になるところである。作者が思い違いをしたのであろうか。 ドリトル先生がアフリカ旅行の帰り、西海岸を航行していると、黒人女が海の真ん中で悲嘆にくれて陸に戻ろうとしない。これを発見した先生は、彼女の夫が奴隷商人にさらわれ、その身代金の支払いも郵便制度がきちんと機能していないために届けられなかったいきさつを知る。 ちょうどこの近辺で奴隷商人の取り締まりにあたっていたイギリスの軍艦に乗り込み、ドリトル先生はツバメのリーダー、スピーディの助けを借りて見事に賊を取り押さえる。そして何事にも徹底しなければ気がおさまらない先生は、郵便制度の完備していない黒人の国、ファンティッポに上陸し、ココ国王の頼みでこの国の郵便事業を改革ことにする。 だが、ちょっと立ち寄るつもりでいたのが、次々とアイディアが浮かんで結局1年あまりもこの国に滞在することになってしまった。先生の郵便制度の根幹は鳥たちである。名もない小国であるファンティッポには外国の商船が立ち寄ることはまれだ。そこで渡り鳥を使った郵便を始めることにした。人間のみならず動物たちも郵便を利用できることを目指したのである。 世界中の渡り鳥たちをファンティポに集め、動物文字を制定した。また人間のだす手紙のうち海外向けを鳥たちが運ぶというシステムを作り上げたのだ。かつては火を吐く怪獣が住むと地元の人に恐れられていた、首都の沖合に浮かぶ無人島を基地に、そして国王から作ってもらった屋形船を本局と定めて先生の郵便事業がいよいよ本格的に始動した。このためツバメたちはその夏、ヨーロッパに行かずアフリカに滞在することにした。 町の中での人間向けの郵便配達については、ロンドンからスズメのチープサイドを呼んで、担当してもらい都会暮らしに慣れた鳥たちによる円滑な配達が始まった。また、世界中からさまざまな種類の渡り鳥が飛来するようになったため、天気の予測が重要となりここから新たに動物たちによる気象通報の事業も始まった。 ブタのガブガブがイギリスの野菜を懐かしがったことから、小包便も開始された。先生には世界中の動物たちからありとあらゆる問題に関して質問が殺到したため、動物向けの雑誌が刊行されることになった。これは動物文字の普及とともに動物たちの教育に大きな貢献をしたのである。 雑誌の刊行と同時に、そこに載せる物語が先生の家族によって順番に語られた。先生は、自分の若い頃に友人と共同経営したサナトリウムの患者たちのストライキの話、犬のジップは、絵の下手な大道画家のために有名な画家に絵を描かせた話、ブタのガブガブは森の中で妖精たちに出会い、魔法のキュウリをもらって敵に攻められた自分の国を救った話、白ネズミは白い毛を持って生まれたために天敵から狙われたつらい青春時代の話、アヒルのダブダブは人間語を理解できたおかげで親友のネコの子供たちを救った話、フクロウのトートーは森の中で迷っていた幼い人間の兄妹を家まで導いた話を披露した。 また、仕事の間にさまざまな事件も起きた。岬に住む灯台守が、階段から足を踏み外しその晩のランプがつかなかったことが海鳥によって通報され、大急ぎで駆けつけた先生が危うく海岸に激突しそうになった船を救ったこともあった。 ある日送られてきた小包には本物の真珠が入っており、これは正直な酋長の治める貧しい小さな国に領地である小さな岩場にいる鳥たちが食べている牡蠣の中に入っていたものだった。さっそく先生が現場に行ってみると、この海底には大変な財産になる真珠がいっぱいあることがわかった。強欲な隣国が攻めてきたが先生は白ネズミの食料供給のおかげで敵の兵糧責めにうち勝ち、酋長に本来の財産を取り戻してやる。 最大の事件は、ジャングルの奥地にあるジャンガニーカ湖に住む亀、ドロンコからの手紙だった。彼は大変な年寄りでのあのノアの大洪水と当時存在した王国に暮らしていたのだという。博物学者である先生は、直ちに湖に向かう。そこは蛇が道案内をしてくれたとはいえ、難行苦行であった。 ドロンコの語る話は1日に及んだ。(その子細は「秘密の湖」に記載されている)先生は湿っぽい湖に暮らしているドロンコのリューマチがこれ以上悪化しないように、大変な計画を実行した。無数の鳥たちを呼び集め、鳥の大きさに応じて石、小石、砂利、砂を湖の真ん中に順番に落とさせたのだ。 おかげで乾燥した地面を持つ島が湖の真ん中に出現し、ドロンコはこれからの余生をリューマチに煩わされずに過ごせることになった。そして先生もこれを郵便事業を締めくくるよい潮時と考え、円滑に動くようになったファンティッポの郵便局を地元の人間たちに引き継いでもらって、やっと懐かしのパドルビーに戻ることができたのだった。 The Voyage of Doctor Dolittle ドリトル先生の航海記 * Hugh Lofting * 井伏鱒二訳 これは2番目に作られた作品だが、サーカスや郵便局の話のあと、(トミー)スタビンズ少年の登場によって始まる後半シリーズの最初である。トミーが先生の秘書になり、動物語を話せるようになることで、動物たちとの関係が非常に大きく広がる。そしてトミーの目から見た航海や外国や冒険への夢が読者をひきつける。パドルビーの町に住む9歳の少年、トミー・スタビンズは動物好きで、港の船を見て外国旅行にあこがれていた。ふとしたことから怪我をしたリスを拾い、治療をしてもらうためにドリトル先生に出会うことになった。動物語を話し、博物学者の生活にすっかりひきつけられたトミーは先生の助手となる。 シギ号という船が手に入り、航海の準備をすることになったが、オウムのポリネシア、サルのチーチー、犬のジップのほかに人間の乗員が一人足りない。ルークという世間から隠れた生活をしている男に頼もうとしたところ、彼が殺人犯の容疑でつかまってしまい、ドリトル先生がルークの飼い犬の通訳をして、彼の無罪を証明することになる。 ルークに奥さんが現れたので、乗員にするのはあきらめていたところ、「アフリカ行き」で知り合ったバンポが訪ねてきて、彼を航海に連れて行くことに決まった。ブラジルからはるばるやってきた極楽鳥のミランダが、インディアンの博物学者ロング・アローが浮島であるクモサル島で行方不明になり、行き先はそこに決定した。 首尾よくシギ号は出帆したものの、密航者が相次いだ。まずネコ肉屋のマシュー・マグ、そしてパドルビーのごたごたから脱出してきたルーク夫婦、そして失業中の船員ベン・ブッチャーだ。食料をすっかり食べられてしまい、ベンをおろすために予定を変更してカナリア諸島の港町に寄航することになった。 そこは闘牛の盛んな町で、闘牛の大嫌いなドリトル先生は、地元の大物に自分が闘牛に参加すると申し出る。ウシ語のできる先生はみんなの前で牛を投げ倒してみせ、みごと全国一の闘牛士を負かしてしまう。ポリネシアの入れ知恵で賭けをしていたバンポは大金をもうけて食料を買い、闘牛廃止で怒り狂う地元の人々をあとに、島から脱出する。 航海の遅れのため嵐に遭遇し、シギ号は真っ二つに割れてしまうが、イルカなど海の生き物たちのおかげで、全員無事にクモサル島に上陸する。山中で珍しい甲虫、ジャビズリを発見、その足にロング・アローからの絵手紙が結び付けてあったことから、虫が歩き回るのを追って、ようやく土砂崩れで生き埋めになっていた一行を救出する。 初めは敵意を持っていた島のポプシペテルの住民は喜んだ。島が南に流され寒冷化が進んでいた。風邪の子供を治療したり、火の使い方を教えたりしたので一転して彼らの尊敬を受けることになった。ドリトル先生は鯨たちに頼んで、島を北のほうへ押し戻してもらう。しかも島のもうひとつの部族との戦争でもポリネシアがつれてきた黒オウムのおかげで大勝した。 ポプシペテルの老酋長が風邪で死んだため、選挙がおこなわれ、ドリトル先生が選ばれてしまった。しかも戦争で負けた部族も服従を誓ったので島全体の王位につくことになってしまった。戴冠式では人々がいっせいに歓声を上げた瞬間、噴火口の頂上にのっていた大岩がなかに落ちて、島を浮かせていた空気室を打ち破り、クモサル島はブラジル、アマゾン川河口付近の海底に着地した。 忙しい毎日が始まった。博物学の研究はまるでできず、ドリトル先生は国家建設の雑事に朝から晩まで忙殺された。この島に着いて1年がたち、2年目も近づいてきた。トミーたちもそろそろパドルビーが懐かしくなってきた。そこへロング・アローがアンデスからの長い旅から戻り、貴重な植物標本を持ち帰る。 ある日地震が起こった。クモサル島が沈んだとき、伝説の大カタツムリが自分の住んでいる穴から出ようとしたときに、島にシッポをはさんでしまっていたのだ。腫れ上がったシッポの治療のために、ドリトル先生は休暇を取ることになる。 知恵者のポリネシアは、これこそ故郷に帰る絶好のチャンスだとして一計を案じる。食料を準備し、先生のノートをきちんとまとめ、愛用の帽子も忘れず、カタツムリを説得してパドルビーまで海底旅行をして連れ帰ってもらうことにしたのだ。大いに悩んだ先生だが、これからすべき博物学の仕事を続けるようにというロングアローの勧めもあって、王冠を砂浜において立ち去る決心をする。かくして全員、秋風の吹くパドルビーに無事戻ってきたのだ。 上へDoctor Dolittle's Zoo ドリトル先生の動物園 * Hugh Lofting * 井伏鱒二訳 ドリトル先生の一行が3年ぶりにクモサル島から帰ってみると、自宅の庭は荒れ放題、そしてそれまで住んでいた動物たちも散り散りになっていた。ジップや白ネズミの長年の夢は、この庭を一大動物の町にすることだった。研究の整理に忙しいドリトル先生に代わって、トミーが動物園園長代理を務めることになった。 こうして、地元に住む犬、ネズミ、リス、アナグマなどの動物別にクラブやアパートが作られ、動物たちがそれぞれ自分たちが暮らしやすいようにデザインされた建物を作り、各自が運営を担当した。中でもネズミたちは共同住宅を作り、文字を普及させ、白ネズミが市長となって、本格的な運営に乗り出した。 もともとお金のないドリトル先生のことだから、たちまちエサ代に困ってしまったのだが、ある日アナグマが偶然に地中から金の塊を掘り出し、当分の間運営の資金を充てることができるようになった。 ネズミたちは自分たちのクラブの結成を記念して、月例会を開き、ここに来るまでの体験談を披露すべく、ドリトル先生とトミーを自分たちのクラブに招待する。ホテル、火山、博物館、牢屋、納屋に暮らしたネズミたちが話をし、トミーがそれを一冊の本にするために書き取った。 と、突然火事の知らせがある。豪邸が火事になり、そこに住むネズミの家族を救出するために、ドリトル先生らは消火に駆けつける。だが、屋敷の主人には感謝されるどころか、怒鳴りつけられ、殴られそうになる。 最近拾われた浮浪犬クリングの推理により、主人が自分で火をつけたこと、そして自分に相続されないことが書かれている遺言書が見つからず、それを燃やしてしまうために家に火をつけたことが判明する。 ドリトル先生はネズミたちの協力を得て遺言書を発見し、屋敷の中に忍び込んでそれを持ち帰る。文面には大変な額の財産を「動物虐待防止協会」に寄付すると書いてあった。動物の町はお祝いでわきあがった。 Doctor Dolittle's Garden ドリトル先生と月からの使い * Hugh Lofting * 井伏鱒二訳 「動物園」はその後も繁栄を続け、ネズミに続き「雑種犬ホーム」でも、会員たちの経験談が語られる。放浪犬ケッチは、牧羊犬として生まれたが、世の中を見たさに故郷を出てジプシーの仲間に加わったり、街頭で曲芸をしたり、僧院で暮らしたり、再び牧羊犬になったりするが、都会にあこがれ危うく野犬狩りで捕まりそうになり、森の中で隠者の生活を送る。だが、人恋しさに気づいたころに、このドリトル先生のクラブにめぐり合ったのだった。そのあとジップの風変わりな犬の誕生の話がきっかけになって、トミーはさまざまな「犬の仕事」についての本をまとめることになる。 そのころ、先生は昆虫の言語についてかかりきりだった。ようやくハエやガや、ゲンゴロウ、カゲロウのことばがわかるようになり、彼らの興味深いが、これまで人間にまったく無視されていた生活の一面が明らかになる。”害虫”を駆逐することは人間の勝手ではないかということが話題になる。ガとの会話で先生は、飛行機のような巨大なガの存在を聞かされる。またサルのチーチーがおばあさんから聞いた伝説では、「月がまだなかったころ」にいた人間の話が出てくる。 そろそろ家族たちは、パドルビーでの暮らしに変化を求め、また冒険の航海に出たくなっていた。先生がみんなに迫られて、しかたなく「めくら旅行」のゲームをすると、なんと行き先は月だった。そのとき、不気味な窓をたたく音がした。なんと月からはるばる巨大なガがやってきたのだった。どうやら先生を必要とするため迎えに来たらしい。 トミーはフクロウのトートーの助言を受けて、いつでも先生に付き添って出かける準備をした。その間に近所の人々がうわさをかぎつけて新聞記者が侵入したり、家の周りに大勢集まってきたりした。先生はトミーが来ることを、危険を理由にはっきりと拒否した。だがトミーの決心は固く、出発の夜、ガの尻尾にへばりついて密航を強行する。先生、トミー、ポリネシア、チーチーはいよいよ月面への着陸を目前にしていた・・・ Doctor Dolittle in the Moon ドリトル先生月へゆく * Hugh Lofting * 井伏鱒二訳 先生と、トミー、ポリネシア、チーチーを乗せた巨大なガは、無事月に到着した。重力も空気も温度も地球とは違っていたが、次第に慣れてきた。音声が非常に遠くまでよく響き、小さな声で話さないと相手の鼓膜を破ってしまうほどだった。 到着した場所が月のどこにあたるのかわからないため、さっそく一行は探検を開始した。砂漠のようなところもあれば、樹木が生い茂っているところもあった。幸い、ジャングル生活に慣れたポリネシアとチーチーが、食べられる果実を見つけてきて、みんなは飢え死にする心配はなかった。 さまざまな地形を歩き回ったが、不思議なことに、植物ばかりで動物の姿が少しも見当たらない。その植物は地球とは違って、どうやら言語を持ち、お互いにコミュニケーションをとっているらしいのだ。先生は言語の解明にかかりきりになる。 夜間、みんなが寝ている間に、誰から周りをうろうろしているらしいのだが、その正体がつかめない。だが、ついに植物との会話に成功し、月には「会議」というものがあって、すべての生物がお互いに相談して縄張りや資源を管理し、地球のような奪い合いが存在しないことを知る。おしゃべりな花がふと漏らしたことばから、実は会議の”議長”がいることが明らかになる。 それまで地球からの訪問者が怖くて姿を現さなかった動物たちがいっせいに姿を現し、”議長”がひとりの人間であることが判明する。それがなんと、チーチーのおばあさんが昔話の中で言っていた、あの幻の少女を見てそれを彫刻したという芸術家だったのだ。大爆発で地球から月が吹き飛んだときに、それに乗っていたのが彼だったのだ。 先生はさっそく月の住民たちの治療に取り掛かり、議長も足の不調を直してもらう。先生が月に招ばれたのはこのためだったのだ。月の住民たちはトミーが密航してきたと知り、彼を誘拐して地球に戻してしまう。ガに乗せられて再び帰還したトミーは巨大な体になっており、ジプシーの仲間に加わって見世物になりながらパドルビーの家に戻ってきた。 Doctor Dolittle's Return ドリトル先生月から帰る * Hugh Lofting * 井伏鱒二訳 トミーが地球に戻って一年たっても、先生は戻らない。動物園は荒れ果て、残った家族だけが家に住んでいた。トミーは現金収入を得るために肉屋の帳簿監査をしたりして、何とかみんなで暮らせるようにがんばっていた。「月食」の日がやってきた。みんなが見つめる中、暗くなった月の一部で合図の煙が上がったのだ。 月では先生が”議長”の主治医になったのだが、彼は医者の命令を守らず、禁止された食べ物をすぐ食べてしまう。業を煮やした先生は、彼の病状が悪化するまで診ることを断った。一時は重態になった議長は、先生が地球に戻ることをようやく承諾する。大きなかがり火を焚いてパドルビーに知らせることになったのだ。 先生はチーチーとポリネシアと共に、それから数日後巨大なバッタに乗って帰ってくる。1年にわたる月の重力の影響と食物が先生を途方もない巨人にしていた!最初はサーカスのテントを庭に張って寝泊りし、家に入るにもドアや天井を壊さなければならないほどだったが、しばらくしてようやくもとの体の大きさに戻った。 先生の荷物の中には月の猫、イティが乗っていた。地球を見たいという冒険好きなこの猫に、家族たちは最初のうち恐慌を来たし、みんなが慣れるまでに時間がかかった。月の植物の種を播き、膨大なノートを先生はいよいよ整理にかかったが、体調が元に戻ったとたんに、帰還のニュースを聞きつけた動物患者が門の前に長蛇の行列を作る。 これではさっぱり研究がはかどらない。先生はマシュー・マグの提案で牢屋に入ってしまうことにする。1ヶ月の禁固をくらい、やっと仕事に取り掛かったのだが、ネズミたちのおせっかいで牢屋は穴だらけにされ、先生は強制的に釈放されてしまう。 それでも先生の入獄中、トミーはやってくる動物患者たちを相手に、何とか診療ができるようになった。先生は軽症患者をトミーに任せ、自分は書斎に引きこもって本を書くのに専念することができるようになった。こうしてようやく、先生の家族たちはイティも加えて昔の生活に戻ることができるようになったのだった。 Doctor Dolittle and the Secret Lake ドリトル先生と秘密の湖 * Hugh Lofting * 井伏鱒二訳 聖書に載っている大洪水の話で、助かった人間はノアとその家族以外にいたという設定で語られる大ロマン。動物たちは二度と人間には支配されたくないという気持ちがあったのだが、結局のところ人間の再来を招き、マシュツ王のような恐るべき支配者が再び地上を征服してしまったわけだ。 先生が月から帰って後の、取り組んでいる長寿の研究がはかどらない。ついに先生は研究を中断することを決心する。気分転換のために航海に出てはと、トミーは提案する。そのころアフリカで大地震があり、先生がかつて郵便局の時代に訪ねたことのある、秘密の湖に住むカメのドロンコが行方不明だという。 長寿の研究に役立つかもしれないと、ドロンコから聞いた昔のノートを探したところ、なんとネズミの巣に使われてしまっていた!スズメのチープサイド夫妻がそのことを聞いて、秘密裏にアフリカへ嵐をおしての命がけの偵察に出かけ、土砂崩れの中にドロンコが埋まっているようだと伝える。 直ちに家族全員でアフリカに出発することになった。かつて郵便局時代をすごしたファンティポ王国で歓待をうけたあと、カヌーを借りて小さな川をさかのぼり、湖に到達した。ワニのジムのおかげで、何千匹という土砂堀り部隊が活躍し、無事ドロンコは救出された。ドロンコは”大洪水以前”の話を再び語る。 *** ドロンコは若いころ、今は湖の底に眠る大帝国の首都シャルバにあるマシュツ王の動物園にとらえられてしまった。飼育長はノアという老人で動物語を解した。その助手の若者エバーは動物たちに親切で、ドロンコも気に入っていた。シャルバは戦争を仕掛け、世界中の征服して富をかき集めようとしていた。 脱出に失敗し絶望していたころ、いつもと違う雨が降り始める。40日後には大豪雨となり、地上はすべて冠水してドロンコは自由の身となる。ノアが動物たちを救うため箱舟を作り、ドロンコとその妻のベリンダも乗せてもらったが、エバーとその恋人とガザが半死半生で流されてきても救助しようとしないのに怒り、箱舟をとび出して若い二人を救うために全力を尽くす。 ようやく水が引いた。飢えに苦しむ動物たちは、ゾウをリーダーにしてエバーとガザを奴隷に使い、植物を育てさせるが、雌トラの陰謀によって混乱が起こったところを脱出、海岸に出て、気のいいオオガラスの先導で大洪水によってできた新しい海”大西洋”を渡り、対岸のブラジル付近に無事たどり着く。そこでエバーとガザは農業をはじめ、子供も生まれて生活が安定してきたところで、ドロンコ夫妻は故国のアフリカに戻って来たのだった。 *** ドロンコの話が終わり、地震のためにそれまで沈んでいたシャルバの建物が一部姿を現していたので、帰り道に一行はマシュツ王の宮殿に入り、かつての栄華のあとを見学して回る。病身のドロンコを一人残していくのはいたたまれない思いだったが、川を下る途中で、行方不明になっていた妻のベリンダに出会い、一行は安心してパドルビーへ向かったのだった。 Doctor Dolittle's Puddleby Adventures ドリトル先生の楽しい家 * Hugh Lofting * 井伏鱒二訳 動物たちの冒険談を集めた短編集。全8話。(6)は生態系の大切さを、(7)は虫という、まったく違った視点の存在を教えてくれる。 (1)船乗り犬 船に乗り組む犬のローバーは、船長によって船室に閉じ込められたが、無謀にも窓から外海に身を投げた。たまたま甲板にいた見習い船員スヌーキーに助け上げられ、無二の友となる。運悪く、船は浅瀬に乗り上げ、全員海に放り出されるが、今度はローバーがおぼれかけたスヌーキーを無人島に助け上げる。島に残された二人は救命ボートをつくり脱出を試みるが、危険を知っているローバーは何度もそれを妨害する。やがて沖に船があらわれた・・・ (2)ダップル ダルマチアンのダップルはすぐれた血統をもって生まれ、富裕な紳士が飼い主になり戸外生活を楽しんでいたのだが、賭けに身を持ち崩したために、太った大金持ちの夫人に売られてしまった。そこでの贅沢で甘やかされた生活にダップルはまったくいやになり、何度も先生のところに逃げ出しては連れ戻された。最後には狂犬のふりをして町中を大騒ぎにした挙句、ようやく純血種ながら”雑種犬クラブ”に入会を認められたのだった。(3)犬の救急車 重態の犬が担ぎ込まれることが増えたのでジップはトミーに犬専用の救急車を提案する。足の速い犬を小さな車につないでさっそく試運転してみたのはよかったが、ガブガブをまきこみ、街にいるポメラニアンをのせて暴走し、とんだ結果になった。 (4)気絶した男 近所で、後頭部を打って気絶した男が先生のところに担ぎこまれ、犬の探偵クリングが調査したところ、付近に金の入った袋と馬の蹄鉄が見つかった。ジップはトミーもつれて犯人探しに乗り出す。馬の匂いをたどっていった先は、なんと「老馬ホーム」だった。そこに逃げ込んでいたメス馬は・・・ (5)カンムリサケビドリ スズメのチープサイドは、かつてリージェント公園の動物園に住んでいたころ、野生では小さな鳥たちを助けてくれるカンムリサケビドリのために、彼らの好きなスグリの実をプレゼントしていたが、ある日うっかりミミズクの檻にはいって危うく殺されそうになったところを、彼らが大声を出してくれたために助かった。 (6)あおむねツバメ アフリカのある国では、あおい鳥の羽を帽子につけるのが女性たちのあいだに流行した。このため”あおむねツバメ”が大量に殺された。憤慨した先生は鳥たちを集めて、しばらく昆虫類を食べないように頼む。天敵がいなくなった虫たちは大発生して、この国の食料も住居も食べつくしてしまう。これに懲りた国民たちはその後、鳥たちを大切に扱うようになった。 (7)虫ものがたり 木の実に入り込んで暮らす虫には冒険好きなものもいる。収穫された木の実に入って箱詰めにされ、外国行きの船に乗った。港に着いたところで船員に拾われ、ネズミにさらわれ、再び拾われ、船の調理場に暮らすうち、もとの港に戻ったので、ゴミ箱に乗って上陸、ピクニックに来た女の子の花束にまぎれてロンドンまで行き、花が枯れると運河に捨てられたのを機に流れていくと、故郷の果樹園が見えてきた。ひと飲みしようとする魚たちをかわしながらようやく上陸、無事もとの木に帰ってきたのだった。 (8)迷子の男の子 ロンドン動物園に行ったとき、一人の迷子の男の子が先生から離れなくなった。迷子預かり所からも逃げ出し、サーカスの本部まで着いてきたその男の子は家族の動物たちや、一緒に寝させられた象を神経衰弱寸前まで追い込み、それでもその親はちっとも現れない・・・ 本来は子供の童話として書かれたこの物語が、現代の時代において大変に重要な意味を持つのは、そこに一貫してみられる自然保護、金儲けへの無関心、頑固なまでの正直さ、細かいことにこだわらないおうような人生観、そしてブッダの考えを思わせるような、動植物を人間と同等に大切に扱う精神である。 また、「緑のカナリア」では窓拭きに身をやつした、社会改革運動家の姿が描かれる。まるでマルクスかエンゲルスのような人物だ。童話だからといって、労働争議や政治の話を避けて通らない姿勢がさわやかだ。またヒロインのピピネラの生き様は自立した女性の姿のを浮かび上がらせている。 日本では井伏鱒二という大変すぐれた作家が翻訳を担当してくれたおかげで、岩波書店から出版されて以来多くの子供たちがこの本に接した。驚くべきことにある人々は、この物語は「チビクロサンボ」と同じく、差別語が入っているから好ましくないのだという。 しかし、そのような時代特有の言葉遣いの問題は、映画や小説にはいくらでも見受けられるし、それによって作品の質が下がることはとても考えられない。それどころか、ドリトル先生の考え方は、まさに「ロハス」なのだ。時代の先端を行くライフスタイルである。 「人生は短い。旅行に大量の荷物を持っていく人がいるが、身軽であるべきだ」というのが先生の持論だ。「金は(天下のまわりもの)。あるときはあるし、ないときはない。」、こんな、金銭にこだわらない、さばけた考えも聞かれる。この物語の原本は英語で書かれている。そしてその英語は高校生ぐらいになって自分の英語読解力を高めたいという人にとっては最高の教材だ。私もすでに小学校のときに全部読んで筋を知っていたから、これを英語で読んだときは実にスムーズに、単語力の不足にあまりまどわされることなく読むことができた。おかげで英語が好きになったのである。 ドリトル先生物語のうちの番外編、いや外典とでもいうべきか。もっともユーモラスな仲間であるガブガブは、みんなが馬鹿にしたりするにもかかわらずとても研究好きで話好きだ。炉辺で話を聞かせた場面はたくさんあるが、それには収まりきれなかったものがまだあったので、ドリトル先生研究家の一人であり、「ドリトル先生の英国」の著者でもある南條竹則氏が翻訳したもの。ドリトル先生の英国 * 南條竹則 * 文藝春秋・文春新書 10/18/01 魅力たっぷりなものだから、多数のファンが、時代を超えて根強く存在する本、例えばシャーロック・ホームズのシリーズなどは、実にたくさんの「研究書」がある。 ドリトル先生のシリーズは、童話という範疇に入っているが、大人にも楽しく読め、いや大人になってから作者の意図を、また別の角度から知ることから、年代にかかわらず幅広いファンをもっている。「研究書」を読むのもこれで2冊目だ。 だから、小さい頃にこれらを読んだ人が大人になって、その当時はわからなかった細々したことを今になって調べてみようという人が出てきても不思議ではない。 私のように、ドリトル先生シリーズを、寝食を忘れて読んだ者にとっては、実に待望の書だ。あれは小学校5、6年ぐらいの頃。小学校の図書室で見つけたこの本の出会いは、一生の考え方の方向を作ってしまった。 小学校の図書室には全巻がそろっていなかったらしくて、遠くの市立図書館まで、わざわざ自転車で借りに行ったのを覚えている。それでもこのシリーズは頻繁に借り出されていて、書棚のその部分があいているのを見たときの口惜しさといったら! さて、そのころの自分のl語彙力ではわからなかった表現や、ものの名前も、この本で大部分が氷解した。作者も小さい頃、夢中になって読んだらしく、大人になるまで疑問に思っている部分が非常によく似ているのがおもしろい。 井伏鱒二という人は、もともと作家だったわけだが、その才能をこの童話の翻訳に向けてくれたのは幸いだった。この人独特な表現が、すっかり日本語になじんでいるからである。本書では、英語の現代から、いかに気の利いた訳をひねり出したかも詳しく述べてくれている。 ドリトル先生と、食事、女性、興行、博物学、階級社会、などとさまざまな方面からの関わりを、実際の本文を引用しながら、説明している。あまりにこの作品にのめり込むあまり、これこれのように物語の構成にすればよかったなどと、主観が出過ぎている部分もなくはないが。 © 西田茂博 NISHIDA shigehiro |