その1(2021年11月)

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南部戦跡へ ➡ せーふぁ御嶽・沖縄ワールド ➡ 識名園・おきみゅー ➡ 久高島 ➡ 首里・末吉

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沖縄を訪れるのはこれが4回目だ。1回目は21歳のころ、九州からフェリーで、ふらふらと島に渡ってしまい、守礼の門の前でぼんやりしていたら、どこかのおじいさんに声をかけられ、琉球料理をごちそうになり、その晩は邸宅に泊めてもらった。あとは、ビーチ(有料)を渡り歩き、夜のあいだはテントに忍び込むヤシガニのざわめきに、ハブだと勘違いして、飛び上がったものだ。2回目はごく普通の観光旅行。このときは最南端の喜屋武(きゃん)岬まで行った。3回目は2017年に行った。

そして今度は5日間と長めで、途中に与論島3日間をはさむ。羽田から航空便(ソラシドエアー)で那覇空港に向かった。コロナ流行も終焉の兆しが見え、機内の座席は満杯である。人々もようやく家に閉じこもる生活から別れを告げようとしているようだ。

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南部戦跡へ(11月10日)

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羽田から2時間半で、那覇空港に到着したのは午後7時半ごろ。以前、沖縄には鉄道があったが、廃止された。今では「外部リンクゆいレール」というモノレールの路線が那覇市の南北に通じており、南の終点は「那覇空港」だ。一方、北の終点は、5年前よりずっと延伸されて、浦添市の「てだこ浦西」まで行っている。”てだこ”とは“太陽”のことだそうだ。宿泊は前と同じく「おもろまち駅」のそばで、ここは副都心として発展することになっているから、新しい商業施設(例えば巨大免税店「Tギャラリア沖縄」など)が増えている。夜も遅くなって宿に到着したので、近くのファミレス「ジョイフル」でカットステーキとシーザーサラダを注文する。
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 翌日は南部の戦跡に向かう。街並みの変化を知るため、丘陵地帯のアップダウンを確かめるため、自由に写真を撮るため、自転車にしよう。往復約60キロになる。
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知る限り最も南にあるレンタサイクルの店はゆいレール「旭橋」で降りて港に向かう。与論島行きの船の乗り場を確かめるためにも、「那覇ふ頭船客待合所」に行き、すぐそのそばに店があることを発見。午前9時半から午後4時までで、1500円。店主によると先月の収入は6万円しかなかったそうだが、今日はすでに先客がいた。観光が元に戻ろうとする兆しである。
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途中、沖縄料理の店の看板を見る。17種類以上の料理と、オリオンビール。しかも三味線の生演奏付き。海ブドウ、ラフテー、軟骨ソーキ、島らっきょう、グルクンの唐揚げ、てびちの煮つけ、ゴーヤーチャンプルー、島豆腐の厚揚げ、山羊刺身、タコライス、エトセトラ・・・
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「旭橋」の駅は、海の方向に10分歩けばフェリーターミナルだし、その真逆の方向に歩けば、すぐにバスターミナルがあり、交通が至極便利だ。久茂地川にかかる明治橋からバスターミナル方面を写す。
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国道331号線をひたすら進む。途中、「赤嶺(あかみね)」交差点で旧道(バス道路)=256号線とバイパスに分かれるが、前者の道を取り、信号の多い市街地の中をひたすら進む。沖縄本島南部は、平坦なように見えて、急坂ではないけれど、意外に上り下りが多い。再びバイパスと合流すると、途端に交通量が減り田舎の道になる。途中「ひめゆりの塔」を通過し、ようやく正午前に「平和祈念公園」が見えてきた。”記念”ではなく”祈念”である。小学生の低学年の児童たちが先生に引率されて、園内にある遊具に向かっている。
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「平和祈念堂」の美術館そば。鐘の入った特徴的な塔が建つ。広いからわからなかったが、入園者の数は結構多い。
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「平和祈念堂」の入り口。丘の高まりのところにある。したがって後ろを向くと、平和記念資料館も含めて広い敷地が見渡せる。
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そのころにちょうど正午になったので、近くの食堂「平和園そば」へ。この時は「沖縄そば」と「ソーキそば」の違いが分からなかったが、後者を選んだ。紅ショウガが入っているのが味のアクセントになっている。
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 「平和記念資料館」。レンガ色の屋根の小さな家が寄り集まったようなデザインになっている。
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「平和の礎(いしじ)」にある「平和の火」。前方は海だが、背後には当時、日本全都道府県からやってきた人々の名前が刻まれた石碑が並んでいる。
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「平和の丘」。この逆U字をした碑は根室の北方領土の記念碑に似ている。
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帰り道に、「ひめゆりの塔」に立ち寄る。国道沿いなのですぐわかる。
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サンゴの岩でできた地形には穴が多い。戦争が終わりに近づいたころ、多くの人々はこの穴(ガマ)の中に逃げ込んだ。ひめゆりの学徒たちの中には、ここ「沖縄陸軍病院第3外科」で手伝ったものも多くいた。そこで悲惨な体験をすることになったのだ。
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「ひめゆりの塔」はあまりにも有名であるが、その実態についてはやはり詳しく知らない人が多い。実際に行ってみると、コロナの終息もあって数多くの人々が訪れていた。
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「ひめゆりの塔」のすぐ隣に資料館があり、その中は撮影禁止ではあるが、生徒たちが普通の学校生活を送っていた時から、終戦の時までを数多くの写真や文集によって詳しく知ることができる。
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「ひめゆりの塔」の周辺は森のようになっている。中にはまるでカンガルーのように、太い幹に“ポケット”を作って苗木を育てているところもある。
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 「ひめゆりの塔」の敷地の入り口にある大きな穴。まわりをサンゴの岩を積んである、このくぼ地の底に樹木が生い茂っているのである。
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残念ながら、資料館で多くの時間を費やしたために、帰り道に「喜屋武(きゃん)岬」を回ることができなかったのが心残りだ。レンタサイクルは始めて通る道だけに帰る時間が気になって仕方がない。同じく帰りも331号線を通ったが、逆方向から見るとこんな珍しいものが見える。これはカニさんの彫像だ。
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予定通り午後4時に店に帰り着いた。「旭橋」駅前広場に戻ると、周りをビルの囲まれていながらこんな巨岩が目に入った。琉球石灰岩の上には樹木が生え、右側に小さな祠と赤い鳥居が見える。「仲島の大石(なかしまのうふしー)」とよばれ、昔はこの辺りは海岸で近くに遊郭があった。

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